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2006/5/19

 

*ウィリアム・ルービン編、吉田憲司・圀府寺司・小川勝・真島一郎日本語版監修
『20世紀美術におけるプリミティヴィズム──「部族的」なるものと「モダン」なるものとの親縁性』

*ISBN: 4-473-01348-0

*淡交社、1995年

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ウィリアム・ルービン編、吉田憲司・圀府寺司・小川勝・真島一郎日本語版監修『20世紀美術におけるプリミティヴィズム──「部族的」なるものと「モダン」なるものとの親縁性』、淡交社、1995年。

 MoMAがここ数年立て続けに二人の学者を失ったことは、まだ記憶に新しい。一人はカーク・ヴァーネドーであり、もう一人はウィリアム・ルービンである。どちらもこの美術館を支えてきた功労者であり、モダニズムの歴史を形づくる上でも影の立て役者と言える。反面、帝国主義的な「MoMAイズム」と揶揄され、西洋の美術館運営の悪しき体系を生み出したと各方面から批判されたのも、彼らだった。その最も過激な例が、1984年に開催された『20世紀美術におけるプリミティヴィズム──「部族的」なるものと「モダン」なるものとの親縁性』だったのは、そのカタログである本書が10年遅れて翻訳され、日本でもにわかに話題になった経緯があるのでご記憶の方も多いかもしれない。ゴーギャンを先鞭とするモダニズム美術の各所に見え隠れする民族彫刻の影響、もしくは影響を越えた類似性から、西洋美術がいかに「未開」文化の産物を受容していったのかを、多くの執筆陣を迎えて詳細に分析している。展覧会の方も、類似性が指摘される両者を並べて展示し、それらがいかに似ており、モダニズム美術とどのような関係を持っているのかが、視覚的に分かるように展示されていた。当時批判の矛先はもっぱらこの展示に対して差し向けられ、あまりにも恣意的な並置に、文化人類学者や美術史家から反論が多数よせられている。

 こうしてすでに80年代美術史のキーワードとしてさえ持ち出されるようになった本展だが、年明けにルービンが亡くなったとはいえ、なぜ今さら論じる必要があるのか。ひとえにそれは民族(フォークロア)文化に対する関心が昨今高まりつつあり、それに連動した動きが各所で起こっている一方、特に日本ではアニメのようなサブカルチャーが国是の文化として回収されつつある文化的転換点を、今まさに迎えようとしているからだ。しかし解せないのは、こうした移行期にとってスプリングボードとなるはずの批判でさえ、表だってはほとんど機能していないという状況である。ある種の学際的な研究を行う場合に必ずついてまわるヘゲモニーと搾取は、20年前にはモダニズムの側からなされていた。現在、その展開はむしろ逆転しつつある。

 乱暴だがこの状況を便宜的に整理すれば、1989年にポンピドゥー・センターで開かれた「大地の魔術師(Magician de la Terre)」展に始まり、90年代のマルチ・カルチュラリズムの浸透により第三世界が進出するなかで、ナイジェリア人オクウィ・エンヴェゾーのディレクター就任で話題となった2002年のドクメンタ11あたりから、この傾向は決定的となった。つまり、かつて『プリミティヴィズム』展を批判する際にジェイムズ・クリフォードが挙げた一点、そこで排除されていた「民族誌作業の一部をなす──社会の死ではなく生を表しているであろう──歴史的接触や不純性(*1) 」が今や、マスメディアを利用しながら表舞台でヘゲモニーを持ちつつある、ということである。この点を押さえる意味でも、本書は大いに参考になるだろう。当時の展覧会の動向をつぶさに検討するにはそれなりの手続きが必要だが、今回は展覧会の出版物である本書と邦訳にのみ付された補遺編を読むことで、企画者側の意図とそこから微妙に逸れていく過程とを見ていくことにしたい。

 本書は二分冊合わせて約700頁に及ぶ大著であり、構成としては総指揮を担当したルービンの序文に始まり、「西洋への『部族社会』の品々の到来」と銘をうたれた歴史検証の章を踏まえたうえで、本題の「モダン・アートにおけるプリミティヴィズム」で15のテーマが名だたる論客たちによって執筆されている。各テーマはそれぞれの作家ないし運動との関わり持つプリミティヴ・アートを比較し、いわばそれらの関係項を検討するというのが大枠だが、その際に評価基準となるのが直接的な影響関係と、それに依存しないかたちでの類似性である。一方では歴史学的な検討に耐えうる実証がなされているが、他方それが曖昧かつ不可能な部分に関しては、「親縁性」という語を用いて両者の接続を行っている。各執筆者はこの二つの評価基準を織りまぜながら論を進めているが、通読した限りで、ゴーギャンやピカソなどからシュルレアリスムや抽象表現主義を経てアース・アートに至る流れに沿って、彼らの分析もまた形態的類似性から親縁性へ、そして概念的把握へと移行していく傾向にある。そこでプリミティヴ・アートはモダニズムの文脈において、徐々に表象の役割を減らし、認識論的な、あるいは儀式的なものへと潜行していくのである。その変化が最もよく分かるのは抽象表現主義を扱ったヴァーネドーの論考である。形態に不可分に結びついていたシュルレアリスムの影響を受けつつも、ヨーロッパへのコンプレックスを抱えたアメリカの作家達が、芸術の元型的なものを求めて抽象を模索してゆく過程が示されている。実際の展示では器物を並置する仕方をとったために観者には一見して分かる類似性の衝撃が伝わったのだろうが、本展が特に強調する「親縁性」の普遍的な記号やユング的な元型の具現化の経緯は、むしろ展覧会カタログに引き継がれていくのである。

 だが本書に対する批判は、親族関係を暗示させる「親縁性(affinity)」そのものであり、それが彼の巧みな論述により普遍的なモダニズムの本質や元型を発見していく「大きな物語」として作動するよう、周到に組み込まれている点にある。そこには明らかに70年代までアメリカで影響力を誇っていたレヴィ=ストロースによる構造人類学の下敷きがある。一見互いに関わりのないように見える文化同士が神話構造で繋がっているように、モダニズムと「プリミティヴ・アート」は直接的な影響関係を持たない公分母を有している、というわけである。ジェイムズ・クリフォードはこれに対して、次のように述べるに至る。「実のところ、部族的な器物とモダンな器物が類似しているのは、それらが、ルネサンス以降の西欧芸術を支配するようになった絵画におけるイリュージョニズムと彫刻における自然主義を示していないという点においてだけなのである(*2) 」。否定項によるカテゴライズ。ミシェル・レリスの一文から導きだされたこの指摘は、部族的なるものとモダンなるものの差異をなし崩しにするときにおこる排除を警告している。この差異を強調するクリフォードの意図は一貫している。それは審美的な判断に対する感情的ともいえる拒絶である。のちに彼はそれをフレドリック・ジェイムソンに倣って美術制度のダイアグラムを作成した。そこで4つのフィールドを設定し芸術=文化におけるモノの移動を示すことで搾取の構造を明らかにしたのである(*3) 。

 しかし、いかにも正当に思えるこの指摘は、ルービンらの企図と前提がずれている点で微妙な齟齬がうまれている。ルービンの抗弁では、プリミティヴ・アートに対して西洋がいかに反応したかであり、あくまでもモダン・アートの歴史の一部を検証するという限定がある、としている。確かに本書の冒頭では、この限定がもたらす問題点を彼なりに把握していたことが伺える。「『プリミティヴ』に由来する用語であるプリミティヴィズムが自民族中心主義的であるというのは確かに本当である──そしてそれは論理的にも真実なのである」(本書5頁)。そのことは「西洋への『部族社会』の品々の到来」の章が設けられている点でも確認できる。各地域からもたらされる器物の、西洋における収集と売買の歴史が語られることで、受容史の性格を表面化させているのである。

 ただそこに「親縁性」という本展の第一の目論見が通底していることは否定しがたい。アフリカの項を担当したジャン=ルイ・ポドラは民族誌側の観点と鑑賞側の観点に決定的な亀裂があることを踏まえた上で、末尾で次のように述べる。「だが我々は、ここからさらに、創作を突き動かす精神そのものの対象化にまで研究を進めることができないのだろうか?」(本書164頁) このような普遍化への意志は、西洋の第三世界受容史とはいくぶん趣をかえている。主体は、他でもない本展の企画者たちによってある政治的な意図へとすりかえられてゆく。それは最終的にアメリカの美術を西洋美術史の俎上に載せて正当化しようとする、MoMA設立以来つづくナショナリズムの一変種である(*4) 。美術史側からの反論はこの点に存するのである。

 ただし、そうした政治的意図が働いていたにせよ、研究論文的な性格を主眼にする際には留保が必要である。「創作を突き動かす精神そのものの対象化」というポドラの先の発言が示すように、制作段階におけるプロセスを検証していくことは美術史のひとつの課題であり、何ら不当なこととは思われない。読者は彼らの目論見が「20世紀モダニズムと『部族美術』双方に共通した形態構成上の問題に対する造形の面での特定の解決法が多数存在するのを示す(*5) 」ことにあったという事実を、今一度確認すべきである。他方クリフォードが前提としているのは、それこそ彼が批判している普遍的な位置からの、各分野を等価なものとして捉えたときに初めて効力を発揮するものである。その点クリフォードの批判を受けるべきであったのは、1989年にポンピドゥー・センターで開催された「大地と魔術師」展ではなかっただろうか。この展覧会は文化人類学的な調査を行ない、アフリカやアジアの現地の人々と作品を制作し、それらをダニエル・ビュレンヌやハンス・ハーケ、バーバラ・クルーガ−や宮島達男などと並置する手法だった。ポスト・コロニアリズムの発想で企画された画期的展覧会ではあったが、そこではカント主義的な普遍的価値判断が暗に称揚されており、作品の詳述はほとんどなされていない(*6) 。クリフォード的な「親縁性」批判はむしろこの展覧会にこそ適用されるべきものであり、第一世界と第三世界を等価に配置することによってそれを強化しているともいえるのである。ヒエラルキーを分散させ、カテゴライズを行わない場合にあらわれるのは、一貫性をもたない雑居状態か、もしくはPCに基づいた逆転したヘゲモニーである。

 逆説的な話だが、どのような展示手法をとったにせよ、「親縁性」は強調されればされるほど互いの差異をあらわにする。本展の場合その部分を救いとるのがカタログの役割だったはずだが、それをもっとも巧妙かつラディカルに分析しえたのは、ロザリンド・クラウスだった。彼女のジャコメッティ論は、このアーティストが1930年代初頭に制作した水平的な作品に着目する際に、シュルレアリスムとアフリカの美術作品を通過しつつも、それらとの関係を放棄する過程が描かれている。彼女が周到であるのは、論考の中で一度も「親縁性」という語を用いずに、代わりに「様式化」を適用して論じてゆく部分である。普遍的繋がりを示し暴力的に単純化する「親縁性」に対し、「様式化」はある事物を構造的、概念的に分解して要素を抽出することを意味しており、その結果として類似性が発生するのは必然的である。しかしその類似性が差異を含んで顕われるときにこそ、様式化はなされるのである。クラウスの議論はいつになく美術史に接近しているが、その分本展の啓蒙的要素を巧妙に回避しているのは、本書の中でもかなり異質なものであった。

 再三述べてきたように、本展の議論の矛先は「プリミティヴィズム」にあるのではなく、なにか呪術にさえ近しく思われる「親縁性」という語にこそある。本展においてこの語を用いることは問題ではあるが、それに対する批判が言語の持つ含意の一部分のみを強化することだ、ということには注意しなければならない。例えば「倫理」と言ったときに必ずついてまわる儒教的な要素に問題があると唱えるにせよ、PC(ポリティカル・コレクトネス)は無菌状態の世界を作り上げることで、言語的な歴史の想起に至る機会を無くしてしまう恐れも、多分に含まれているからである。いずれにしても、企画者は言語に対して責任を負わなければならないことを、肝に銘じておくべきだろう。今回のようなテーマを設定するときには、なおさらである。まずなぜ二つの文化を比較する展覧会が1930年代以降開かれなかったのか、ということを熟慮する必要がある。

 ともあれ、それらの問題圏は本書に含まれている。こうした複数の文化を比較する展覧会の際に必ず批判の矢面に立たされるのは、展示であり、タイトルである。そこには物理的・経済的制限などの側面から説明が不足するあまりに、どうしても誤解が発生してしまう(*7) 。展覧会という性質上それは当然のことなのだが、展覧会カタログはそのときどんな役割を担うのか。本書は過去に開かれた展覧会がはらんでいた諸問題の射程を現在にまでのばす意味で、重要な遺産であり続けているのである。



[註1]ジェイムズ・クリフォード著、太田好信・慶田勝彦・清水展・浜本満・古谷嘉章・星埜守之訳、『文化の窮状──二十世紀の民族誌、文学、芸術』、人文書院、2003年、259頁。
[註2]同上書、248頁。
[註3]同上書、283頁。
[註4]この部分の前史は本書453頁からの「アメリカ美術」(ゲイル・レヴィン著)で触れられているが、本展を含めて通史的に検証する上では次の論考が参考になる。大久保恭子著、「ニューヨーク近代美術館(MOMA)と20世紀モダニズム」、『立命館産業社会論集』第40巻第2号(2004年9月)、25-48頁。なお、本展のようなプリミティヴ・アートとモダン・アートを比較した最初の例は、スティーグリッツらが主催した「291」画廊が1914年に開催した「アフリカの蛮人──最初の未来派たち」展であった。Jonathan Green ed., Camera Work: A Critical Anthology, Aperture, 1973, pp. 299-300.
[註5]ウィリアム・ルービン著、「吉田憲司氏の日本語版『あとがき』に寄せて」、本書〈日本語版のための補遺編〉所収。
[註6]Thomas McEvilley, Art & Otherness: Crisis in Cultural Identity, McPherson, 1992, pp. 153-158.
[註7]わが国でそのことが浮き彫りになったのが2005年に東京国立近代美術館で開かれた「アジアのキュビスム──境界なき対話」展であったことは、本書を読む上でも参考になるだろう。
 
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