01.07. ヌード
「篠山紀信の美学」展(12月28日−1月11日、東京・原宿/ラフォーレミュージアム原宿)。チラシには<篠山紀信が到達した新次元ヌード表現! 写真の永遠のテーマであるNUDEは果して復権できるのか!>というキャッチフレーズ。モデルは夏目ナナで、頭髪を剃っている。写真家は以前にも剃髪ヌードを撮っている。趣味というのもあるのかもしれない。けれど、アンドロイド的というのか、非人間的な存在感が漂う。より正確に言うと、アンドロイドと人間のあわいを行くような、不思議な存在感を意図しているようだ。シリーズには、マネキンとのからみ、あるいはドール的な雰囲気のモデルとのからみが含まれている。その場合、アンドロイド的である夏目ナナの方が不意に人間側に揺れ戻る。ところで、ヌードをオブジェ的にとらえる写真はかつてもあった。だからアンドロイド的ということ自体、驚くにはあたらない。だが、今回の写真で、アンドロイド的と感じさせるのは、フォルムの操作ではない。デジタルカメラとインクジェットプリンターによって生み出されている肌の質感にほかならない。とりわけ水をとらえた部分などに顕著な、いわば平滑極まりない質感それ自体が、その身体を人工的なものに見せている。その意味で、<新次元ヌード表現>と銘打つだけの説得力が備わってもいる。
01.10 思い出
「木村伊兵衛のパリ」展(10月28日−1月21日、東京・銀座/メゾンエルメス8階フォーラム)。昨年、写真集が刊行された木村のカラー写真を展示。プリント自体はインクジェット出力のようで、うーんという感じ。会場のデザインはコンスタンティン・グルチッチという人が手がけていて、ガラスのテーブルの上に、1点ごとに、家族写真か思い出の風景写真みたいな額縁で並べられている。リーフレットの一文は、清水穣氏が執筆していて、そのあたりを巧みに説明している。<当時のパリの風景に姿を借りて、ここに写されているものは、日本人の夢見たパリである><現在のパリを知る人々に、木村伊兵衛のパリは、もはや消え去って久しいものだけが湛えている瑞々しさと遠さを感じさせるだろう、古い写真の中で思いがけず若々しい祖父母の姿を発見したときのように><それは額に入れられて本棚や仏壇に飾られた思い出の写真なのだ>。そんな展示をコンビニなども増えてきた銀座に立つ、夢の箱のような海外ブランドの建物の中で楽しく見ていられるほど外国人でもないので、ほどなく会場を後にしたけれど、このテキストで清水氏は、カラー選択の動機について、粋人・木村伊兵衛と言えども、パリでは不自然な存在であり、それを逆手に取り、不自然なカラーを使ってみた――という風に推測している。
01.10. 細江展1
細江英公作品展「細江英公名作各種プリント百花繚乱」(1月10日−2月28日、東京・芝浦/PGI)。デジタル時代におけるプリントの地位について、思うところあっての展覧会らしい。いろいろな技法で、代表作をプリントしている。見知ったはずのイメージが時として、再び立ち上がってくる感じもある。ダゲレオタイプによる「鎌鼬」、それからコロタイプによる「おとこと女」など。いま東京都写真美術館で開かれている「球体写真二元論 細江英公の世界」展(12月9日−1月28日)は、開幕時に一巡しているけれど、もう一度見てみたくなる。
01.11. 細江展2
というわけで、東京都写真美術館へ。「球体写真二元論 細江英公の世界」展は、代表的な写真集に即した構成を取る。改めて見ると、面白いことに幾つか気付かされる。おそらく分かっている人は分かっているたぐいのことだけれど。例えば、同様の演出の反復。顔に花をあしらう=「おとこと女」「薔薇刑」「ルナ・ロッサ」。とんかちを持たせる=「薔薇刑」「鎌鼬」。何かを腕でかき抱く=「おとこと女」(女の首)、「薔薇刑」(時計)、「鎌鼬」(幼児)。この3番目の系譜は「おとこと女」における小鳥を手にしたカットや「胡蝶の夢 舞踏家・大野一雄」での曽孫とのカットなどにも、拡張できそうだが、腕に抱かれる対象は、弱きもの、移ろうものであることが多い。写真家自身も口にする、硬質な表面が柔らかい内部を守るという観念と関連するのだろうか。同様の観念について、ちなみに谷川渥氏は三島由紀夫について指摘していたように思う。演出の反復それ自体について言えば、あるいはダンスにおける振付師の、ある種のくせのようなものに近いのかもしれない。この巨匠の仕事を通覧する時、ダンサーとのコラボレーションが主軸をなしていることは明らかだが、撮る人であると同時に、振付師的でもあることは、他の同時代写真家と異なる特徴と言えそうだ。それから劇場性も。“舞台”としてのスタジオが「薔薇刑」では庭園、「鎌鼬」では農村という風に拡張されているわけで、劇場空間の拡張という動向とも連動していたのだろう。ところで、さきにコロタイプ版のプリントで目をひき、改めて関心をもったのは、このうち「おとこと女」の作品20、女の首を腕に抱くカットだった。断片化された身体の好例だが、美学的な解釈もさることながら、むしろ犯罪を連想させる雰囲気がある。誘拐の、バラバラ殺人のイメージ。「鎌鼬」でも誘拐などが演じられている。暴力的という一般的な意味でなく、まさに犯罪を思わせるイメージが代表作になっている写真家というのも、実はあまりいないのではないか。美術家で言えば、「浴室」シリーズの河原温がまず思い浮かぶ。デモクラート作家協会つながりで連想してしまうのかもしれないけれど。
01.12. 囲繞
大友真志「郁子」展(1月10日−28日、photographers'
gallery)。このところ、pgの展示もきちんと見ていないので、気後れするのだが、印象的な写真。北海道にいる姉のポートレート4点。入り口のカットは、少し周囲が入っている。机の上に置かれているのは、前回の個展の案内はがきだろうか。そこから奥に身を向けると、3方の壁に残る3点が掛けられている。周囲の入れ方は微妙に異なる。最も人物のみに絞ったカットが正面に来る。この囲繞される感じは、確か横浜BankARTでのセルフポートレートでも、こういう風だったのではないだろうか。ともあれ対面する、というのとは微妙に違う、むしろ、ただ見られている、という視線の圧力のようなもの、それが充満する磁場のようなものを感じさせる展示。
01.14. キネティック
宇都宮美術館「デザイン・日本・亀倉雄策」展(11月19日−1月21日)に出かける。会場で実物を見ると、やはりポスターにしても、作品集などとは違う印象になる。なかでも1956年のポスター「原子エネルギーを平和産業に!」を前に、なるほど名作だなと感心する。放射状の形が青と黄で重ねられる。色はちかちか、形はゆらりと動き出すようで、目と体にくる。こうした錯視効果を生かした作品はその後、68年の「ヤマギワ国際照明器具コンペ入賞作品展」での黒い電球パターンなどにも続くことになるが、それにしても、56年の制作とは早いなと思う。カタログへの寄稿で、勝井三雄も<その光を放つがごとき表現はオプティカル・アートが表れるのに、その後数年をみなければならなかったから、そのことを思えば、早い時期にデザイン表現に登場していることになる>と記している。となると、何が着想源であったのか気になる。光学的な関心はニコンのデザインなどとも関連しそうだが、より具体的なヒントは、『亀倉雄策のデザイン 』(初版83年、新装版2005年、六耀社刊)収録の自作解説「制作ノォト」に読まれる。50年代の亀倉は円形を使った構成に取り組んでいる。その一つで、デザイン史上名高い55年の展覧会のポスター「グラフィック‘55」について、自ら<私はその頃、ダダイストのデュシャンが好きで、円形の重ねのようなものをやっていた。ハーバート・バイヤーも同じような手法の作品を作っていたが彼の方がはるかに完成度は高い>と振り返る。デュシャンの作品とは「ロトレリーフ」のことだろう。ほかにもロシア構成主義の影響をうかがわせる作品がある。つまりは、あまり聞かなくなった言葉だが、キネティック・アートを知っていて、グラフィックに転用しようと考えた、ということではないだろうか。さらにコンテクストをさかのぼると、亀倉はごく若い時期、映画評論を書いている。本展覧会だと、1934年の「セルパン」誌が展示されており、そこではエイゼンシュタイン作品などを論じている。掲載の略歴には「新進の映画批評家」とある。キネティックとキネマは語幹が同じだが、要するに「動く」ということ。亀倉のデザインが持つ強さや躍動感、そしていま話題にしている錯視効果の使用を考える上で、外せないポイントかと思われた。むろん映画とかキネティック・アートといったことのほかにも、若き亀倉の関心は広がっていたはずだが、著書などに散見されるモダニズム関係の人名の中には、実は瀧口修造が含まれている。一時期、かなり親しかったのだともいう。
01.17. よそ見
名取洋之助写真集『ドイツ・1936年 』(2006年12月15日、岩波書店刊)を見る。たしか1年ほど前、東京・一番町のJCIIフォトサロンで展示されていた名取のドイツ写真の書籍化。前半はナチス政権下のベルリン五輪の取材、後半は五輪閉幕後、オープンカーでドイツ各地を旅行した際の写真である。それぞれ貴重だが、ちょっと面白いなと思ったのは、ベルリン五輪の巨大スタジアムで、大観衆が一斉にナチス式の敬礼をしているカット。いや、異様な写真なのだが、みなが敬礼しているかというと、そうではない。振り返って、スタンドを見上げている人がけっこう混じっている。ざっと20人くらい数えられる。「おいおい、みんな敬礼しちゃってるわけ?」って感じなのだろうか。こういう時によそ見をしてしまう人に人間的な共感を覚えるが、しかし、振り返った瞬間、膨大な人々の敬礼を見てしまったのも事実だろう。異様なエネルギーを感じ取ったかもしれない。群衆の集団的な行動を目に見えるものにするのは、実はこの振り返りを含めて、一望の下に置く視線だったはず。むろん報道写真もその一つであり、名取のカメラもまたスタンドを一望しているわけだが、結果として、そこにあった視線の意味を考えさせるものともなっている。
01.19. 等身大
東京・木場の東京都現代美術館で「中村宏 図画事件1953−2007」展とMOTアニュアル2007「等身大の約束」展(いずれも1月20日−4月1日)のオープニング。中村展については、また機会があったらということにして、「等身大の約束」展について。冒頭、千葉奈穂子は生まれ育ったという岩手県の農村風景などを撮影し、和紙にサイアノタイプという手法で展示している。古い小屋のようなインスタレーションも。サイアノタイプの採用は、作者によると、<小さいころに日光写真で遊んだ時の記憶は、像がうまくでてこなかったことです。その記憶からもう一度試したくなり作り始めました>とのこと。サイアノタイプの採用は、そんな日光写真の記憶ともあいまって、写真をレトリカルなものにしている。アーカイヴ的な写真を使用していないとしたら、今日の農村風景だということになるはずだが、時間なり記憶なりの痕跡を折り畳んで、現にそこにあったであろう風景は、青く染め上げられ、過去の時制へ送り込まれたかのように見える。<私たちの立ち位置はどこにあり、どのように他者と向き合えば良いかを考えることは大切だと思います>と、企画者によるカタログの一文にある。展覧会の趣旨は、情報化社会のなかで<「等身大」の視点から自己の存在や他者とのさまざまな関係という「約束」を検証していくことは意味あることではないでしょうか>ということらしい。このほか秋山さやか、中山ダイスケ、加藤泉、しばたゆりが出品。
01.20. 開館
東京・六本木の国立新美術館の開館を明日に控えて、内覧会。開館記念展「20世紀美術探検」(1月21日−3月19日)は膨大な作品を並べる。果たしてこの展示はいつ終わるのか、自分はどのあたりにいるのかと不安がきざし、疲労と戦いながら、最終パートにシムリン・ギルの作品が出てきた瞬間、自分の中で何かがボキリと折れるのを感じた。膨大なモノクロプリントが壁に貼られている。それでも見よと促す展示の前に内心、がっくり膝をついた次第。あとでカタログを読むと、彼女がよく使ってきたコダックの35ミリ低感度白黒フィルムが製造中止となるのを知り、在庫の29本を入手した。その使用期限である2006年5月から6月にかけて撮影された写真だという。しかし、出品した作者も展覧会の企画者も、700枚以上というイメージがどのようなシークエンスに置かれるのか、展示体験をはっきり予想できていなかったのではないか。さもなければ、個々のイメージに人はもはや応接できないことを皮肉に示そうとした、ということになるのかもしれないが。およそ全体を統御できないmonsterとしての展示施設。語源には明るくないが、demonstrationの中にはmonsterがいたかな、などと混濁した頭に浮かんだ。ところで、この場を借りて、一つ訂正です。photographersユ
galleryで先日、セビリア・ビエンナーレのレポートを行った際、シムリン・ギルの経歴紹介に不正確な点がありました。シンガポール生まれで、「オーストラリア育ち」と言いましたが、長じてから移住した、とのこと。ちなみに、彼女が生まれた1959年当時、シンガポールはまだマレーシア領。ご指摘頂いたことに感謝します。
01.22. 山
「小島烏水 版画コレクション展」(1月22日−4月4日、横浜美術館)へ。小島烏水(1873−1948年)は山岳紀行文で知られる人。また、横浜正金銀行員であり、米国勤務も体験し、浮世絵及び西洋版画のコレクターでもあった。その版画コレクションを中心に、横浜美術館が収蔵する烏水旧蔵の作品・資料を紹介している。とはいえ、紀行文の印象が強く、やっぱり山関係の絵に目が向いた。なかでも面白かったのは、歌川(五雲亭)貞秀の浮世絵「富士山体内巡之図」。山中の洞窟には肋骨まがいの岩が描かれ、洞内には無数の乳房のようなものが垂れ下がるという奇怪さだ。擬人的というか、擬怪物的な山岳イメージを強く印象付けるが、それが明治半ば、烏水とも交流のあった水彩画家たちの作品になると、いきなり明るい光の行き渡る山岳風景に一変する。すごいものだ。烏水の「奥常念岳の絶巓に立つ記」などはその合間に、ロマン主義的感情ともあいまって奇跡的に生まれた一文だったのかな、と思ったりする。版画コレクション自体については、浮世絵と西洋版画の両方に広がっている。それらはつまり、いま・ここではないイメージを見せてくれるメディアであったのかもしれない。
01.24. 命名
さいたま市の埼玉県立近代美術館へ。まず「巴里憧憬 エコール・ド・パリと日本の画家たち」展(1月6日−2月12日)を見る。チラシにはモディリアーニの絵が使われているけれど、展覧会の主眼はむしろ日本人画家の再検証にある。藤田嗣治の名品を、押し合いへし合いせずに見ることができる(その絵は絵付け陶器に似ている)。東洋趣味に走った人、すっかりモネさながらの画風に染まった人もいて、いまでも決して無縁とは思えない彼らの姿にしんみりさせられる。続いて常設展へ。そこにはモネがまだ10代で描いた「ルエルの眺め」もあって、そのすばらしさに、先ほどのしんみりした気持ちを再び思い出しもしたが、閑話休題、常設展の一角で「フォトグラム−カメラを使わない写真」が特集されていた(たぶん1月28日まで)。クリスティアン・シャート、マン・レイ、モホリ=ナジ、そして埼玉ゆかりの瑛久らの作品が並んでいる。ほぼ同様の技法ながら、それぞれ別々の命名をしたあたり、何か発見の喜びのようなものが強烈にあった技法なのかなと思う。瑛久の場合、1955年4月の「リビングデザイン」誌での回想が紹介されている。絵画的な要素を強調したいと思っていた瑛久は、その旨を画家のH氏に話し、批評家T氏とも相談しながら、「フォトデッサン」という言い方を得たという。H氏は長谷川三郎だろうか。T氏の方はおそらく瀧口修造なのだろう。
01.25. 下半身
「時代と美術の多面体」展(1月13日−3月25日、神奈川県葉山町/神奈川県立近代美術館葉山)。8つのテーマを通じて日本近代美術に光を当てるオムニバス形式の展覧会。テーマの1つに「都会のモンタージュ」がある。出品される古川成俊「モンターヂ」(1931年)は、工場や近代的な建築の写真で構成されるが、その多くは極端な仰角で撮影されている。人物もまた2人配されており、右下隅の人物は上方を見上げている。当時のモンタージュが急激な視線の動きを強調しようとしたことがよく分かるわけだが、その右下隅の人物が上半身だけであるのを何となく面白いなと思う。下半身はどこに行ったのだろう。
01.30. オープニング
この時期になると、毎年恒例のように開かれる杉田和美写真展「The Opening」(1月22日−2月3日、東京・銀座/コバヤシ画廊)。東京を中心とする、現代美術方面のオープニング会場でのスナップ写真が並ぶ。会場の入り口にこれまでのはがきが貼られていて、それを見ると、1996年から変わらず続いているようだ。つまり12回目。以前にも触れたことがあるけれど、奇妙な仕事ではある。日本のアートワールドの、一つの記録であることは間違いない。それを成り立たせている人間関係や構造へのリサーチと受け取ることもできなくない。はたまたスナップショットだから、そこでのふとした表情その他は生々しい。という風に、さまざまな見方が可能だが、しかし、どう受け取られても構わないようなものとして、続けられているのではないだろうか。それは写真の生理に従っていると言えるように思う。また、時間的な持続によって、一義的な解釈以上の存在感を強くしてもいる。
01.30. 展延
望月正夫展「地面」(1月25日−2月17日、東京・日本橋/ギャラリーパストレイズ)へ。日本でも1970年代、写真のコンセプチュアリズムとも呼べそうな一群の仕事があったと思われる。望月正夫の仕事はその一つに数えられるはず。以前に写真集にまとめられた『Television』(2001年、スナップ社発行、邑元舎発売)は70年代半ば、ピントグラスにグリッドを設定し、そこにテレビ画面を一つひとつ、ずらしながらはめこむようにして、びっしり複写した仕事だった。今回の「地面」はタイトル通り、地面を複写している。展示作品はサービス判くらいのプリントを、6段×5〜7列程度、連ねている。くわしい制作過程はよく分からない。ただし、水たまりのあるカットが含まれ、そこに写真家の姿が映り込んでいる。それを見ると、四脚にカメラを据えている。そのつもりで見ると、地面の柔らかなところには、四脚の穴らしきものも見受けられる。どうやら地面までの距離を固定し、四脚を使うことで、グリッド状に地面の複写を続けたらしい。グリッドという、どこまでも展延可能な形式によって、「Television」は時間を、この「地面」シリーズは空間を相手取っているとも言えるかもしれない。近い時期の作品のようだったが、その意味で、対になる仕事とも受け取れそうに思った。
01.31. 天狗党
天狗党「フォベア」展(1月26日−2月3日、東京・西早稲田/ビジュアルアーツギャラリー・東京)。川鍋はるなの久々の発表のようなので、出かけてみた。川鍋は写真新世紀2001年度グランプリを獲った人。天狗党とは川鍋と中島弘至のユニット名だという。午後に3回、DVDを上映する発表形式。最初は川鍋が以前、「BLACK
OUT」展に出品したシリーズだから、それと分かったが、以降はどちらの撮影とも分からない、まがまがしいイメージが延々と明滅する。中にはCGやドローイングも交じる。CGはお絵かきソフトで川鍋が描いたのだと聞いたが、特異なヴィジョンを感じさせる。他方、都市近郊の風景は中島が撮影したものであるらしい。全編を通じて、傷のイメージが頻出するが、終盤、それと高速道路の隔壁などの横方向のストライプとが不意に重なり合い始め、忘れがたい印象を残した。
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