08.16. フェイク1
例の、複製技術時代には芸術のアウラが失われるという話だが、本物とほとんど同一の複製品が機械的なプロセスで作られ、また、実際に見分けがつかなかった場合、どういうことになるだろう――そう足らない頭で考える。本物と複製は知覚の上では区別することができない。だから名辞上、いわば欄外注としてしか表示され得ない。アウラは消えるだろうか。本物、複製と欄外に注記されたものが並べられていたなら、答えは簡単だ。消失する。「いま・ここ」性、その見えざる背景としての歴史性に支えられた真正性の輝きは、その時点で損なわれるのだから。では、ラベルもなく、二つのものが並べられてもいなかったとしたらどうだろう。本物と思って見てしまえば、本物であれ複製であれ、それは知覚の上では本物でしかない。本物と思いなされるそうではないものを贋物と呼ぶわけだが、当人にとっては本物なのだから、同じく知覚の上のこととして、アウラは消えない。そうなるように思うのだが、実のところ、この状態を客観的にとらえれば、どのようにしても本物と複製は区別できないのだから、アウラが消えたか消えていないのか、それすら判断がつかないわけである。つまり宙づりの状態に置かれる。本物とほとんど同一で、また、実際に見分けがつかない複製品が日常的に作られるようになった場合、例えばの話、人間なのか、人間そっくりの何かに取り囲まれているのかも分からないような不安が恒常化するのかもしれない。とはいえ、現実にはしないかもしれない。複製すなわちミメーシスの欲望がはらむ遊戯性、競争に伴う高揚感によって埋め合わせ、忘れてしまうということは大いにありそうだ。そこでなお本物という名辞上のことにこだわるとしたら、それはおのずとアナクロニックな精神主義に傾くことだろう。こうした不安の常態化なり忘却なり、はたまた精神主義のよみがえりを、あの予言的と言われる思想家はどこかで見通してくれているのだろうか。いま読み直しもせず、漠たる考えをめぐらせているに過ぎないのだが、そうしているきっかけはほかでもない、「金刀比羅宮 書院の美」展(7月7日−9月9日、東京・上野/東京芸術大学大学美術館)である。インクジェット出力の高精細複製を交え、応挙その他の障壁画空間の再現を試みたことを誇るこの展覧会は、本物と複製の区別については入り口に置かれた展示平面図、及び各室の説明パネル――つまり欄外注の形で表示している。そして、その種の説明をほとんど読む習慣のない者としては実際、複製部分があったにもかかわらず、最初の部屋ではそれを見過ごしていたのだった。
08.16. フェイク2
例の、展示的価値という話だが、展覧会では当然、美術品は展示的価値のみを求められる。とはいえ現実には、真正性が展覧会を価値あらしめていたことも事実だろう。本来あるべき場所ではないけれど、展覧会でしかこの本物は見られないという、別種の「いま・ここ」性に発するアウラのようなものがそこには生じているとも言えそうだ。それゆえ展覧会は本物ということにこだわり、そのことによって価値あるものと見なされてきたように思う。その意味でも先の展覧会は画期的だとも言えそうだが、ところで今日、文化財の複製制作はいっそうの隆盛に向かっている。寺院の障壁画を複製と入れ替える話をよく耳にするようになった。日常的には複製を公開し、想像するに本物は特別な場合、とりわけ展覧会という場でしずしずとお披露目されるのだろう。展示的価値における真正性への要請は、そこでの別種の「いま・ここ」性に発するアウラのようなものと引き換えに、いまやかつてあった「いま・ここ」性の全面的な抹消に向かいつつあるようなのだ。そうした本来の場におけるアウラとともに本物を見たいと思って出かけると、そこには複製が置かれているというわけだ。むろん複製の高度化によって、遠目には本物か複製かおそらく分からないのだから、いっそ欄外注もなくしてしまえば、その旅行者も心安らかにアウラを感じることができるのかもしれないのだが。
08.16. フェイク3
再び例のエッセイでは、アウラの説明の中に木の影が持ち出されていた。一つには時間の中におけるはかなさの相において、アウラはイメージされていたように思う。さて、今日の文化財の複製製作は聞き及ぶ範囲では、インクジェットプリンターを扱う企業が中心となっている。逆に言えば、カメラによる機械的な複製という段階はあまり重きを置かれていないふしもあって、どうせ本物そっくりのものを作るのなら、撮影のところにもっと意を用いていいのではないかという気もするのだが、それら海外系の企業であったり、日本生まれであっても国際的に知られる大企業であったりする各社は、かくも積極的に海外でも、文化財の複製製作に取り組んでいるのだろうか。例えば教会に掛けられた油彩画や礼拝堂の壁画を、インクジェットプリンターによる複製に入れ替えましょうと売り込んでいるのかどうか。そこは特に知るところがないのだが、どうあれ日本において、急速に複製製作が広まっているのは、伝統的な絵画の支持体や色料が極めて脆弱であるという認識が一般的に共有されているからではないだろうか。それがはかないものであればこそ、例のアウラも生じようというものだが、しかし、そもそもはかなさの認識とは、写真を含む複製制作の動機の一つなのだろう。とりわけ文化財のはかなさがしばしば語られ続け、その割には破壊の事例が最近またクローズアップされたりもした日本において、よきこととして複製製作が進められているのも、理の当然というものかもしれない。つまり、はかなさの美学と高度な複製技術が結託する文化財複製の隆盛は、かなり日本的な風景なのかもしれないという気がするのだ。
08.25. ニュアンス1
藤本由紀夫展「+/−」(7月7日−9月17日、大阪・中之島/国立国際美術館)に立ち寄る。今年は藤本イヤーで、広島での展覧会、ベネチア・ビエンナーレへの出品、そして夏は関西3美術館での展覧会となっている。国立国際美術館では大きな展示室の一方の壁に、グリッド状に多数のCDプレイヤーを配し、一斉にビートルズナンバーを流すという作品が柱となっている。素朴に、コンセプチュアルというよりも、ポピュラーな感じを受け取る。どこか森村泰昌にも通じる親しみやすさ、そして、それがよってきたるところの日本的なにおいと言ってもよいかもしれない。森村については前にも触れた通り、ひとつ別のこともまた思うわけだが、例えば音楽はビートルズである。もとよりポピュラー音楽だが、それ以上に、コンセプチュアルに選ばれた音というよりも、誰もが自分の居間で流したりもしたビートルズというような、かすかに甘酸っぱいような音として聞こえる気がしたのだ。甘酸っぱいというのも独特な言葉だが、そのニュアンスがいま言ったポピュラーな感じにつながっているようだった。
08.29. ニュアンス2
田附勝写真集『DECOTORA』(8月17日、リトルモア刊)。世に言うところのデコトラ、アートトラックとも言うそうだが、それを車の持ち主、周辺の日常風景とともに10年がかりで撮影したという写真集。デザインとして面白がるのではなく、トラックを一つのアート作品と化そうとする人々に敬意を払い、その美意識にもとづき、写真集それ自体もまた自らのアート作品と化そうとしているようだ。やはりニュアンスとしか言いようがない微妙な感覚があって、例えばカバー表と背に日本語はなく、「DECOTORA」をはじめ、英語の活字のみがデザインされる。「DECO」は英語、「TORA」はローマ字表記だから、それ自体も日本的と言えば日本的だが、そこで選択されている字体そのものが、英語であるにもかかわらず、なぜか日本的なにおいを感じさせる。そういった微妙な感覚にも気づかせてくれる一冊。
08.31. だまし絵
「BIOMBO/屏風 日本の美」展(9月1日―10月21日、東京・六本木/サントリー美術館)の内覧会。「誰が袖図屏風」というものがあるのだが、そう思っている人には当たり前だろう、あまり意味もないようなことながら、ああ、これはトロンプ・ルイユなんだなと納得する。主題や制作動機について、いろいろの説があり、また、今日どういう議論に落ち着いたのか知らないのだが、トロンプ・ルイユないしは、それに近い楽しみを間違いなく備えていたのだろう。ということは、今日とは同じではないにせよ、あるリアリティーの水準が達成されていたことを物語る。現実と見まごうような表象と理解され得る水準、と言ってもよい。それが達成されたほかの絵画表象として、さて、どういうものがあるのか、いまよく分からないのだが。
08.31. フィクション1
鈴木理策展「熊野 雪 桜」(9月1日−10月21日、東京・恵比寿/東京都写真美術館)の内覧会。最初は熊野のシリーズ。続いて熊野の火祭りの写真が並ぶ黒い壁面の回廊へ。そこを抜けて、壁も床も白くしつらえられた展示室で桜と雪のシリーズを見る。この間、火祭りの小さな炎の点がちらつく雪に変わり、さらに桜吹雪に入れ替わったりもする。ところで展示室の黒と白のコントラストは素朴に、この写真家が青木淳設計の青森県立美術館を撮っていることを思い出させた。その仕事は『青木淳 COMPLETE WORKS 2』(2006年7月、INAX出版)にまとめられている。実際、鈴木自身の写真集という性格も備える一冊と言ってもよいだろう。そこにはこの建築の特色であるホワイトキューブ的な部分と土に似せた部分という白と黒のコントラスト、また、雪景色の中の白い外観がホワイトアウトしていくようなカットが含まれる。終盤では美術館に雪がちらつくカットが桜花のこぼれ落ちるカットに続き、さらに桜花の白でホワイトアウトするような写真で幕を閉じる。これに近いシークエンスが今回の展示でも設定されていることはいま言った通り。淡交社刊の本展カタログでの言及は見るところ、主要参考文献の末尾に簡単に挙げられているのみ。少なくとも鈴木の写真を考える上で補助線くらいにはなりそうに思うのだが。以下、簡単なメモ。
08.31. フィクション2
青木淳は一時期、自作を「相」という言葉を使って説明していた。ルイ・ヴィトン表参道についての一文だが、<ひとつの実在がさまざまな読み取り方を許し、逆にそれによるさまざまな相の集合がひとつの実在をつくる>という言い方が読まれる。視覚に限ったこととして「見え」と読み替えると、分かりやすいかもしれないが、具体的にはそれぞれの相が図と地の関係に固定化されることなく、リテラルに実在の表象となることを回避しつつ、ある相が他の相を宙づりにするような関係を保つことによって、建築体験のリアリティーを生み出す――という風に、いま青森県立美術館ができあがった後では、勝手に注釈してみたくなる。というのも、そこでは図と地の関係に帰着しないよう白と黒が組み合わせられ、また、黒い部分については「土に似せた」と書いた通りで、ほかにも見えと実在の乖離が意図的に仕組まれてもいるのだから。さて、そうした建築を記録するにあたって選ばれたのが鈴木理策ということになる。実のところ、鈴木の写真も、いわば一つの相に過ぎないことを自ら明らかにする性質を持つ。シークエンスの設定は、カットとカットの間の時間の流れ、被写界深度の浅さはピントが合わない空間の厚みを示唆しよう。つまり写っていないものがあり、その場その時の体験を全的な形で代表しない一つの相としての写真と言えるかもしれない。その相によって、鈴木は体験そのものでなく、体験の感覚をもたらそうとする。そう考えると、青木としては同様に、青森県立美術館を相の連鎖として、また、そのことによってもたらされるべき体験を写真によって感覚させ得る写真家として、鈴木に撮影を依頼したのではないだろうか。逆にこの仕事を通じて、鈴木が何かを得たのか、得なかったのか知るよしもないが、青森建築美術館の仕事が少なくとも理解の補助線になりそうだというゆえんである。とはいえどんな場合であれ、分かれ道というものもあるはずで、単純に青森における白と黒の関係とは異なり、今回の展覧会では夜を抜けて、光の満ちあふれる白の世界で幕を閉じる展示構成にもなっている。
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