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かつて夏休みの宿題に「読書日記」というのがあった。
ならば「CD日記」という宿題があってもいいのではないか。
というのも、最近ほとんど新しい音楽CDを買わなくなった。宿題にでもされないと、音楽を聴かない、という感じなのだ。
昔に比べれば、聴きたいと思う音楽を手に入れるのはすばらしく楽になった。わたしはあまり積極的ではないが、ひとたびネットで探し始めれば、カネとヒマさえあれば何でも手に入るような気がする。
その一方で、わたしがどうしてもなじめないのが、音楽を1曲ずつ買ってダウンロードして聴くという、あれだ。
アンタの時代ならジュークボックスってやつがあっただろうが、といわれても、どうもピンとこない。
逆の意味で、iPODのようなプレイヤーも苦手だ。40GBで1万曲入る、と軽くいわれても困惑してしまう。CDならざっと700枚くらいは入ってしまい、それをポケットに入れて持ち運べるということなのだが、かつて「ラジカセ」にかじりつき、テープレコーダの録音スイッチに指をかけたままFMラジオから「あの一曲」が流れるのを必死で待っていた少年時代のわたしは、いったいなんだったのだろうと思ってしまう。
もちろんわたしは懐古趣味は嫌いだから、昔はよかったね、というつもりはない。いまの時代に求められているのは、あの一曲の重みではなく、1万曲を軽々とハンドリングできる、その情報操作性能の軽やかさの喜びなのだろう。そのためには音楽はもちろん、文字も写真も動画も、すごい量が等価に高速で流れている、デジタルの川あってこそ、ということなのだろうな。
となれば、大量で等価で高速な情報を目の当たりにしたとき、その情報に接する人びとの最大の自由は、情報を主体的に(恣意的に)選択する自由であり、究極的には情報にアクセスしない自由だ、ということもいえるはずだ。
よく、写真学生が、昔の名作や歴史的写真、写真史に一時代をなした写真などをまったく見ないという嘆息が聞こえてくるが、十代後半からはたち前後の若者なら、雑誌や漫画、ゲームや音楽、映像やメールなど高速大量情報の渦を泳ぐのに精一杯で、とても昔の写真集をわざわざ見る時間はないのだろう。
ならば、彼らの興味は漫画のようなアナログなのか、それともゲームのようなデジタルなのか。
ある学校で学生さんたちの作品の講評を頼まれた機会に、それぞれに質問してみた。つまり、「学校以外の場所では、なにしてるの?」。その答えはある意味、面白かった。彼らはわたしの質問に、例外なくこう答えたのである。「ぼ〜っとしてますね」と。
写真学生が、ロバート・フランクの写真をぜんぜん見ていない、あるいは蜷川実花が好きだといいながらその写真集や写真展をロクに見ていないからといって、叱らないでほしい。濁流渦巻く川べりでひざ小僧を抱えて「ぼ〜っとしている」彼らの姿は、そのまま、このわたしの姿でもある。
いかん、またしても前置きが長い!
何の話だったかな、ああ、そうだった。
つまり、久しぶりにこの夏のある週末に、CDを買いにいってみたのである。
テーマは「ジャンルの開拓」としてみた。
わたしの場合、持っている音楽の大半が世界各国のロックとジャズ、つまりポピュラー音楽だ。近年クラシック音楽がかなり増えてきたが、前者に肉薄するほどではない。で、ひとくちにポピュラー音楽といっても、その中にもさまざまな分野があり、これだけ買い集めたのにぜんぜん持ってないぞ、というジャンルはまだまだたくさんある。そこで、あるジャンルに目をつけて、そこで少し伝統にふれた後でコンテンポラリーなものへと買い進むと、境界領域にかなり面白いものがあることに気づいた。以来「ジャンルの開拓」は、たまのCDショッピングの基本テーマのひとつになったのである。
で、この夏ただ一度のCDショッピングで、わたしはこんなふうに買ってみた。ふと気づいたのだが、ジャケット写真(絵)の人びとがみな、ニヤッと笑っている。





で、えらそうな文脈のわりには、まんま懐古趣味のディスコ&ファンクじゃねえかという罵声が聞こえてきそうだが、ちなみにわたしは、この領域をほとんど知らなかった(いわゆるブラックミュージックはどの分野も手持ちの枚数が多くない)。
ご購入の案内役は、ブラジルのストリートファンクの第一人者といわれるエジ・モッタ。数年前に来日したときにステージをみて、そこで彼が、60〜70年代のブラックミュージックへの信奉を語り、日本はその領域のレコードが山ほど売られている天国のような国で、オフステージの日に東京のあちこちのレコード屋さんに行くのが楽しみでしかたないというのを聞いて、うれしく思ったのだ。わたしはもちろんエジの音楽も好きだが、あらゆる音楽にルーツがあり、そのルーツに対するレスペクトから新しいものを作り出す喜びがあると思う。そして、そのレスペクトを作り手・聴き手ともども、同時代人・同世代人として共有しあう喜び、それが音楽体験なのではないかと思ってみたりもするのである。
で、これらの盤は、エジが自分のホームページに好きな音楽としてあげているリストを見ながら探したものだ。リストのうちどれくらいがCD化されているかはわからなかったが、エジが賞賛するとおり、渋谷に行って半日もしないうちに、新品中古を合わせてリストの半分くらいを見つけることができた。そんなの、ネットで探せば、買わなくても全部とりあえずは聴けるじゃねえかと失笑したかたは、音楽の楽しみの半分以上を知らずにいるかただとわたしには断言できる。ちなみにポピュラー音楽については、楽しみの残りの半分は「自分でやる」ことだと思っているので、その中に「ダウンロード」と「1万曲のiPOD」が入り込む余地はほとんどないから、もちろんこの考えかたがいまの世に通用するとはあまり思ってはいない。
とにもかくにも、わたしがCD店に行ってみたことのある世界の都市で、もっとも豊富かつ多種大量に音楽が手に入るのは間違いなく東京である。
ATLANTIC STARR 'ALL IN THE NAME OF LOVE'
女性歌手を加えた大所帯ファンクバンド。80年代半ばに歌手交代、写真のバーバーラ・ウェザーズが入ってからは、スイート路線で成功、この盤に入っている「オールウェイズ」は「結婚式の定番ソング」だという。しかし、わたしもずいぶん多くの結婚式に招かれたが「祝い舟」(門脇睦男)しか記憶にないが……(一九八七年)。
LAKESIDE 'FANTASTIC VOYAGE'
唄も楽器もOKの自演バンドとして、ぶ厚い歌唱隊と演奏テクニックで80年代ファンクの人気者だったレイクサイド。この盤が勝ち名乗りをあげたヒット作。といっても、有名なアース・ウインド&ファイアもクール&ザ・ギャングも、みんな自演バンドだ。(一九七九年)。
GRAHAM CENTRAL STATION 'AIN'T NO'BOUT-A-DOUBT IT'
スライ&・ザ・ファミリーストーン出身、いわずと知れた元祖チョッパーベース(最近は「スラップ」というけどね)、ラリー・グラハムの人気バンド。その絶頂期といわれる時期の、三作目(一九七五年)。
HIDDEN STRENGTH 'HIDDEN STRENGTH'
すみません。資料が全然ない! 知っておられるかたはご教示されたし……。なかなかいいバンドなんだが……。
BREAKWATER 'BREAKWATER'
オハイオ・プレイヤーズ「HONEY」をチラと思い出すジャケットデザイン。こういう「ごっくん写真」って、お約束でしたね。ラテン風味をブレンドしたフィラデルフィア・ソウルのマニア盤。九五年に国内盤CDが出たものの廃盤の現在、中古でも結構な価格、だけど買いました(一九七八年)。
L.T.D. 'GREATEST HITS'
一九六八年結成の大所帯ファンクバンド。七〇年代にはラブ・バラードでヒットを飛ばすが、八〇年代には人気を得られなくなり解散、しかし近年新たに歌手を加入させて再活動しているようだ(一九八八年)。
THE WHISPERS 'IMAGINATION'
双子の兄弟、ウォルター&ウォレス・スコットを看板歌手に一九六八年結成、現在も元気に活動を続けるソウルの大御所グループ。みずからを"soul
survivors"という彼らの業界生き残りの秘訣は、とにかくメンバーが「一緒に」続けてきたことだという。彼らがゴールド、プラチナアルバムを連発していた時代の一枚(一九八一年)。
B.T.EXPRESS '1980'
ダンスクラシックスの名曲「HAVE SOME FUN」が入った盤。古さはまったく感じないが、二十五年前の盤はやはり「クラシック」…。この曲「スウェイ・ビート」というそうだが、どういうリズムなのか。なにせ「ニュー・ジャック・スゥイング」がおぼろげにわかるまで一年はかかったわたしなもので(一九八〇年)。
HEATWAVE 'THE BEST OF HEATWAVE'
アメリカ、イギリス、スペイン、チェコ各国人の混成バンドが繰り出す怪しいグルーブがイカス(笑)。リーダーのロッド・テンパートンは、マイケル・ジャクソン「スリラー」のソングライターとして有名(一九九七年)。
ARCHIE BELL 'TIGHTENING IT UP: THE BEST OF ARCHIE
BELL & DRELLS'
ディスコの先駆者、アーチー・ベル。日本のYMOによるカバーのほうが知られているらしい一九六八年のシングル曲「タイトゥン・アップ」が大ヒットしたとき、アーチーはベトナム戦争で負傷療養中。追ってレコード会社がフルアルバムを作らせようとしたときには兵役で外国へ。そこで、強欲な興行師たちは、ニセのアーチーのバンドを作って米国内を演奏ツアーさせたとか(一九九四年)。
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