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三島
靖 MISHIMA Yasushi |
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39:長い夏 〜夏の宿題1〜
2005.9.6.
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暑さの後は台風かと嘆息したくなる昨今だが、みなさん今年はどのような夏を過ごされたのだろうか。
ここではこれまで、わたしが夏休みに見聞した美術館や映画祭などについて「夏休み感想文」のようなものを載せてきたと思うが、今年はいつもの夏とはすこし違う経験をしたので、その報告をしてみようと思う。
この夏、わたしは「早稲田大学 博物館学芸員養成 夏季集中講座」というものに通っていた。これは、8月1日からお盆休みをのぞく9月初めまでに、博物館法と文部科学省令にのっとった博物館関連科目の単位をすべて取得し、博物館学芸員の資格が得られる講座だ。原則として社会人対象である。取得する単位は、博物館論などの講義科目と博物館実習を合わせて12単位。大学の学部生が取得する場合は1年かけて受講するところを、ひと夏でこなすわけだから、授業はほぼ連日6コマずつ(実習も含む)朝から夜まで行われ、かなりキツかった。私の場合、月刊誌の編集という不規則で深夜に及ぶことがまれでない本業に比べれば楽勝だとタカをくくっていたのだが、正直いって挫折すると思った瞬間が二度ほどあったくらいだ。
この講座に通うことはあまり多くの人には話さなかったが、話を聞いた人の反応はこんな感じだ。
たとえば博物館や美術館にさして縁のない人の反応は、こうだ。
「転職するの?」
ある程度知識があったり、実際に展覧会に関連する仕事をしているような人だと、こうなる。
「そんな資格、とってもしょうがないでしょ!」
ちなみにわたしの知人には、仕事ではとくに縁がないのに学芸員資格は持っているという人が複数いた。わたしなど知りもしなかったが、大学在学中に取れる資格のひとつとして取っておいた、という人は、世の中には案外多いようだ。
では、なぜわたしがこの講座に通う気になったかだが、もちろん「転職」のためではまったくない。わたし自身にその気もないが、現実に博物館・美術館の学芸員募集はきわめて少なく、募集があったとしても、大学院卒レベルの専門知識や語学の素養などが求められるほか、館ごとに特別な能力を求められる場合もある。超難関職なのだ。
聞くところでは最初の関門である記述試験の優秀者は女性が占めることが多いそうで、実際に少なくない数の女性学芸員が脚光を浴びていることもあり、若い女性の憧れの職種のひとつになっているようだ。それはそれで素晴らしいのだが、民俗、考古、美術のいずれも専門に学んだことがなく、さしたる語学力もないわたしが応募したとて、採用される可能性は万にひとつもないことはおわかりいただけるだろう。年齢からしてアウトだ。
要するに、ずば抜けて優秀な若い人が少数精鋭として加わっていくのが「学芸員」の世界であり、それが年月を経ることで、きわめて知的に厚い職種になっている、ということだろう。であるならば、学芸員になるつもりがない(なれる可能性がない)なら「とってもしょうがない資格」だというのも無理はない。
それならこの講座、閑古鳥が鳴いていたかというと、その逆なのだ。開講三年目になる今年の受講者は、一五〇人を超えたという。受講料が安くはない、ということを勘定に入れても、最終日まで履修者の姿が減ることはなかった(わたしもマジメに出席した)。
受講者を見渡すと、二〇歳代半ばから三〇歳代くらいの女性が多いようだ。全体の六割以上、七割近くがそうだったのではなかろうか。全員に聞いたわけではないが、博物館や美術館で非学芸部門の仕事をしているとか、それらの宣伝広報を担当する会社勤めだとか、画廊勤務だという経歴、そして、いまの仕事に生かしたいとか、自分を見直したいというような動機が聞こえてきた。
で、残り三〜四割のうち半分が、仕事を卒業し生涯学習で、という人。半分が、個人で展示館を開くので資格がほしい、あるいは別の社会教育施設勤務で、資格がほしい、という人のようである。
わたしの場合はというと、実は「休暇」がさきにあり、動機はあとからくっつけたようなところがある。
われながら驚くが、同じ会社に二〇年勤務したことになり、慰労休暇がもらえた。もちろん、ひと月もふた月も休めはしない。長い休暇なら迷わず旅行に出かけたろうが、後の憂いなく旅に出られる日数でもない。かといって使わずに貯めよう、というオヤジのヘソクリみたいなのも潔くないし……そうこうしているうちに偶然、この講座の存在を知ったのだ。
そのときは自分にとって学芸員資格とは何なのか、ということさえまったくイメージできなかった。あえて思い浮かんだことがあるとすれば、一種のイイワケのような気分だっただろうか。
講座の存在を知るすこし前、ここで「指定管理者制度」をめぐる東京都の方針などを受けて一文を書いた。そこでも断ったのだが、わたしは博物館や美術館の現場経験はまったくなく、公式には取材したこともない。にもかかわらず、わたしはこの制度について、あるいはそれに限らず展示をめぐる美術館のアティテュードなどについて、しばしば暴言を吐いており、「そんなことをいうなら、もう少し博物館や美術館の仕事を知ったらどうだ」、という<もう一人のわたし>の声が聞えたのだ。
もっとも、わたし自身は自分の書いたことが暴言だとは思っていない。新聞などに載る展示評や紹介記事などと比べるとケンカ腰だと叱られることもあるだろうと思う程度だ。逆に、大学生レベルの知識を学んだ程度で発言の重みが増すなどというつもりもまったくないので、誤解のないように願いたい。
というわけで、受講するかどうか迷ったまま、八月に学校に通うので休暇を使って休みたいと、春のうちに職場の上司に申し出た。
「それは面白そうだ。頑張って通え」
という答えなどまったく期待していなかったが、案の定、反応はかんばしくなかった。要するにひと月も休まれるのは困る、ということだが、これはどんな会社でも似たようなものだろう。
そこでわたしの悪い癖が出た。かねてからわたしには、邪魔が入るとどうでもいいことでも譲れなくなるというヒネクレた性癖がある。もちろん休暇を妨害されたわけではないが、な〜んとなくイヤな雰囲気、というのを察知するやいなや「んなら通ったろ〜じゃね〜の!」となってしまったのだ。バカだよホントに……。
いかん、前置きが長い!
みなさんが聞きたいのは、わたしの繰り言ではなく「博物館学芸員養成 夏季集中講座」の内容だろう。
で、これからそれをお話ししようと思うが、「ブログ」ふうの日記を書くつもりはない。その書き方が嫌いだということもあるが、この講座の仕組みはウェブサイトで充分わかるので、そちらを見ていただきたい(http://www.waseda.jp/curator/)。
はじめに書いたとおり、この講座は、ふつう学部の年間スケジュールで(たとえば週1回ペースの講義を何コマか聴講して)行われるものを、原則としてひと夏でやってしまおう、というものだ。学芸員資格をとるには、大学で指定の単位を取得する方法のほか、国家試験を受ける方法があるが、国家試験の難易度はやや高いようなので、成績はともかく単位さえとれば資格となる前者のほうが「楽」なことはいうまでもない。しかし、大卒後にその方法で資格をとろうとすれば、1年かそれ以上かけて大学に通い直すしか方法がなかったわけで、この点ではたいへん便利な講座だといえる。
集中講座だから、博物館論などの主要講義は毎日3コマずつ一週間続けて行われる。10分の休憩をはさんでひとコマ90分、そんなにぶっ続けでダレないかと思うが、これだけの時間があることで、記憶が新鮮なうちに聞きたいことが聞き尽くせた、という感じもある。教える側も、くたびれた講義ノートを読むだけのマンネリ授業ではこの時間の密度に対抗できるはずがなく、さまざまな工夫をして臨んでくれた。少子化時代を迎え、若年受験生のみならず社会人学生も集めることが各大学の命運を左右するわけで、このような講座を開設したことも含め、いかに学びを提供するかというサービス精神を忘れずに内容を練ったかということが、講座全体からうかがえて感慨深かった。かつて多くの講義で(偉そうにいえるほどマジメではなかったが)「くたびれた講義ノート」を読み聞かされて同じ大学を卒業したわたしとしては、これが自分が通った学校の授業なのかと、最初はおのが耳目を疑ったほどである。
ただ、くり返しになるが、学部学生が週1ペースで受講して資格を得る過程を圧縮しただけで内実は同じだ。社会人向けといってもカルチャー教室とは違うと理解しておくべきだ。後日、成績評価も出るわけで、各科目ごとに行われる筆記試験や宿題、あるいは出席の度合いなどが勘案されて採点されるのも大学の授業と同じだ。
わたしには、その試験や宿題がキツかった! 講義日程すべてを休暇にできず、ときどき学校の後で出勤していたせいもあるが、答案を書く、という行為が辛い。ふだん仕事で文字にふれているわたしでさえそうなのだから、受講者の負担は大変だろうと思うのだが、脱落する人が見当たらないのには感心した。わたしなど、最初の科目で行われた筆記試験で、せっかく欠席せずに通っていながら解答を間違えてしまい(笑)、いきなり挫折しかけたのに……。
講義の内容であげておくとすれば、「博物館経営論・情報論」を担当した篠 雅廣 氏の講義は刺激的だった。氏は現在、高知県立美術館館長でありながら指定管理者制度を前向きに受け止めつつ、日本の美術館・博物館が今後、社会(とくに地域社会)といかなる関係を築いていくべきかということを積極的に発言している人である。美術館の現場にある問題から考えることで、些末にも感じる事象の累積に美術館の運営思想にかかわる問題が浮かび上がる。このような議論の組み立ては、たいへん参考になった。ほかの先生がたも、つねに現場に即し経験的に議論をすすめてくださったがために、講義はいわゆる「座学」に終わらない面白さがあった。
で、学芸員資格を取得するには、講義だけでなく「博物館実習」が欠かせないことは、ご存じのかたも多いだろう。
これは一般の美術館や博物館にお願いし、講師と学生が出向いて実習させてもらう形式が多いようだ。さいわい早稲田大学には「坪内博士記念演劇博物館」と「會津八一記念博物館」というふたつの博物館が学内にあり、夏期休館中の後者と美術実習室を使うことで、博物館実習も短期集中で行うことができるわけだ。
今回、実習では日本の伝統美術を扱った。早稲田大学でこの分野の研究がさかんであることのほか、資料の取り扱いが厳しいこの分野を経験していれば、さまざまな博物館・美術館の仕事に応用できるということだった。そのぶん、実習の材料も方法論も細分化する。今回の場合、掛軸や絵巻物など絵画や書、陶磁器、鏡や香炉など金属器、乾漆製品、仏像ほか木製品、あるいは刀剣(真剣)などの、取り扱い、展示、梱包を教わったほか、拓本や複製の製作、和綴じ、展示のキャプション作りや資料の保存・記録方法、写真撮影(!)なども行った。ふつう学芸員資格をとるための実習でどんなことが行われるのかは知らないが、これだけの項目をすべて扱う実習はそう多くはないのではなかろうか。ちなみにわたしが二度目に挫折しかけたのがこの実習のときである。数人のチームに分かれ、与えられたスペースに実際に展示をしてみる作業で、年輩の受講者が暑い展示ケース内でさっそうと掛軸をかけたりしているのに、体力不足のわたしはマジでくたばりそうになったのだ。
そんなわけで、博物館や美術館の仕事の方法論をさまざまな人たちから教わることで、思うところも多々あった。が、そのことを博物館や美術館を一般論として批評する言説に援用するのはフェアではないだろう。この程度の講座を終えたくらいで何かいうつもりでないことは、さきにも書いた通りだ。
ひとつだけ、この夏わたしが学んだ<かもしれない>ことをあげるとすれば、それは、さまざまな角度・密度・速度・温度の「ものを見る視線」を、知らず知らずのうちに使っていた、ということだ。上にあげたような仕事をするためにはべつに特別のことでもないのだが、写真を見る、ということをいまの時点で考えると、そのときのわたしの「視線」とはいったいどのようなものなのか、ということなのだ。
額装されて壁にかけられた写真を歩きながら見る目、重なったプリントを座ってつぎつぎに見る目、印刷された写真を見る目、ウェブサイトの写真を見る目。
スリーブ全体から必要なコマを選びだす目、 ピントや露出を確認する目、自分でファインダーを覗いて撮るときの目。
スナップ写真を見る目、静物写真を見る目、風景写真を見る目、カラー写真を見る目、モノクロームを見る目。
これらは、同じなのか。
同じであるべきなのか。
同じでないとすれば、どのような「視線」で見るべきなのか。
かくして、人生40数年、勤続20年でもっとも長い夏が終わった。
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