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私が勤務するビルのコンコースで、いま写真展が開かれている。
この写真展に、午前中から女性たちが殺到している。妙齢のかたがた、といいたいところだが、もうちょい、いやかなり上かな、妙齢よりは(失礼!)。
観覧者の姿はたえることがなく、子ども連れも多いので、ふだんは静かなコンコースはにぎやかにざわめいている。ビルは東京の築地という所にあり、銀座からさほど遠くはないのだが、ふだん新聞社などに縁のないかたが暑い中を気軽に訪れるのはそう楽ではないだろう。ビルの前に地下鉄の出口もあるのだが、遠方からこの駅まで電車を乗り継いで来るのは簡単ではないはずだ。ありがたい話である。
それはそれとして、たまたま写真展が行われている場所を通った私は、面白い光景を目にした。
皆さん、携帯電話やコンパクトカメラで、思い思いに写真を撮っておられるのである。つまり写真展の展示作を「複写」している、というわけだ。聞くともなしに聞いていると、携帯で撮るのは「待ち受け画面」にするらしい。展示写真のサイズが大きいから携帯で複写した画像でもかなり見やすい、ということで、原理としては正しかったりするところがすごい(笑)。


ふつう、というか、このホームページをご覧になるようなかたの認識としては、写真に限らず展示作品を撮影しない、というのは暗黙の了解であり、とくに禁止されなくてもマナーとして承知されていることと思うが、そんな堅っ苦しいエラそうな鑑賞のお約束など、この場所に殺到している女性たちにはまったく通用していない。警備の目をぬすんでこっそり記念に撮る、というのでさえない。とくに携帯の待ち受け画面用に撮っている女性たちなどは、展示作をかなり大胆にトリミングして撮り、ツメかたがうまく行っているかどうか確認し不要な画像は捨てながら何カットも撮っている。原理として正しいどころか、仕事として通用する手順である。
面白いのは、展示されている写真が「気に入らない」と言っている女性がときどきいることだ。私には意味がよくわからないのだが、ご本人に聞くのもはばかられて、同じ社の女性社員に聞いてみた。彼女の説明では、展示作のように、アベイラブルライトとボケ味を重視して自然な瞬間を見せる感じの「いまふう」の写真ではなく、ひと昔前の芸能雑誌の表紙のような、色味バッチリ、ピントくっきりの写真でないとダメなのだろう、ということなのだが真偽はさだかではない。
写真そのものを撮る、写真と一緒に記念写真を撮る、そのことのためにこんなにも多くの、ふだんは写真展などに足を運ぶ機会もないであろう女性たちが殺到している。そのような写真とひととの関係に毎日出くわすことで、私などはちょっとばかり考え込んでしまう。写真のイコン性だとか何だとか、そんなことは言うだけむなしいという感じがする。その写真が被写体をいかにとらえているかというような、素朴な巧拙論もほとんど無意味だろう。なぜならこの場合、被写体そのもののリアリティのなさこそが、彼女たちにとって最大のリアリティであるからだ。この写真展のタイトルは「『ペ・ヨンジュン』で知る韓国」であり、「ペ・ヨンジュン」の写真の向かい側には「で知る韓国」の写真(「冬のソナタ」のロケ地風景)も展示されているのだが、そちらを見る女性たちの姿は、もちろんない。(注)
(注)8月26日まで、東京・築地の朝日新聞社2階コンコースで展示中。10時〜19時/無料。7月20〜26日、東京・銀座の三越百貨店でも「ペ様」の写真展があり、期間中5万人以上の入場者があったという。三越銀座店の同時期のバーゲン売り上げにおおいに寄与したとのことだ。朝日新聞も購読してください(笑)。
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