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三島 靖 MISHIMA Yasushi

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32:「写真さえあれば」−−映画「Shattered Glass」

2004.8.2.


 「Shattered Glass」という映画を、飛行機の 中でみた。
 ある言論誌の若手記者が、堅苦しいだけでない柔軟な話題収集力とすぐれた筆力でぐんぐん頭角を表すが、どうして彼の記事のようなネタを書かないんだと上司に叱られた別の雑誌の記者が後追い取材したところ、その記事のみならず、それまでに書いた多くの記事が事実無根の捏造であったことが判明する、というストーリーである。
 映画は、98年に実際に起きた出来事をもとにしており、おもな関係者や関連メディアは実名のままになっている。若手記者役のヘイデン・クリステンセンが「スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」のアナキン・スカイウォーカー役であること以外は、たいへん地味な映画だ。監督のビリー・レイはこれがデビュー作で、渋いが重要なテーマを新人監督に撮らせて世に出したのは、最近プロデュースに熱心で秀作「ナーク」を送り出しているトム・クルーズの力が大きい。
 タイトルは「壊れたガラス」だが、記事を捏造した若手記者の名前、スティーブン・グラス(Stephen Glass)にひっかけてもいる。ただ私はこのタイトルが「写真に(真実の姿を)撮られたグラス」=Shuttered Glass であるようにも思えた。というのも、どちらかといえばぱっとしないこの映画の中に、非常に印象的なセリフがあったからだ。
 記者のしでかした捏造が明るみに出て、社内が陰鬱な雰囲気に包まれる中、それまで毎日グラスと軽妙なやりとりを交わしていた中年の女性秘書が、このようにいうのだ。「私たちには写真がなかったのよ。写真さえあればこんなことは起きなかったのに!」
 グラスが在籍した言論誌「ニュー・リパブリック」はビジュアル雑誌ではなく、挿絵写真による記事の補完がない。彼の記事が事実無根であったことは、別の雑誌の記者がさらに新しい情報を求めて記事の登場人物や引用された法律、関係機関に当たってみたところ、どれも存在しなかったことから暴露された。「ニュー・リパブリック」は全米で唯一、大統領専用機備え付けの雑誌であることを誇る言論誌だと映画の中でいわれているが、だとしたら社内では原稿の厳しいチェックが繰り返されるはずだ。それでも登場人物が架空の存在だということは見抜けなかった。インタビュー相手の写真さえあったら、その人物が実在するかどうかは明白なのに、というのが女性秘書の叫びだ。それは若く優秀でお世辞もサエていたグラスを憎からず思っていた彼女の、メディアの仕組みに対する抗議である。
 この場面は、文章ですべてを語る、言葉のエキスパートとして、熱心に執筆し綿密なチェックをする様子をさまざまに描写されてきた映画の中の記者たちに、胸元をえぐる一球が投じられるシーンのはずなのだが、私はもちろん観客の誰もがそうは思わないだろう。写真さえあれば?
 写真のほうがよほど疑わしいのでは?
 問題は、文章にせよ写真にせよ、脚色や強調が加わるほど、そのことが事実らしく見えてしまう、ということだ。となれば捏造を事実だといわれて、それを誰が一発で見抜けるだろうか。メディアの過剰なセンセーショナリズムを多くの人が批判するが、その人たちのほとんどは当のメディアから得た情報を自分で編集して使っている。グラスの捏造を発見した記者のアダム・ペネンバーグ(現在はニューヨーク大学助教授)は、かつて在籍した「フォーブス」で「大げさに表現できないなら書くな」と言われたことをひき、「ふつうに書けないのなら大げさな表現をするな」と言い換えようと主張しているが(1)、読者はしばしば、企まずして「ふつう」から「大げさ」を拾い出す優秀な編集者でもある(2)

(注)
(1)アダム・ペネンバーグが「ワイアードニュース」のコラムで書いている。
  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040707-00000005-wir-sci
(2)「Shattered Glass」は今秋、日本公開されるようだ。邦題は「ニュースの天才」。

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