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三島
靖 MISHIMA Yasushi |
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19:物語と断絶−−牛腸茂雄とスライド上映 2003.6.5
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東京・竹橋の東京国立近代美術館で「牛腸茂雄展」が開かれている(1)。同時に、昭和10年代の日本のシュルレアリスム絵画を扱った「地平線の夢」という展覧会も開催中だ。「地平線の夢」に展示された絵画を、その多くの画面を左右に横切る地平線に意識をとられながら見ていくうちに、「水平」という言葉が、牛腸もその一派と目されていた「コンポラ」のキーワードのひとつだったことを思い出した。カメラを傾けて(ファインダーの枠を斜めにして)写真を撮り、撮れた写真を傾けずに(斜めにした枠を元に戻して)見せれば、画面の水平・垂直の軸は傾く。この機械的操作を重んじるよりさきに、見た目の画面が傾いていると不安な感じがする=情緒的、水平・垂直が保たれていれば安定した感じがある=客観的、と評する論理は、いま開かれているふたつの展示を同時に見ると、実はきわめて絵画的な発想だったことにいまさらのように気づくのだが、それはともかくとして−−。
今回は牛腸がカラーポジで街頭スナップをしてまとめた写真集『見慣れた街の中で』(81年)からの展示をいちばん熱心に見た。この写真集は手近にないので、見たくなったときには図書館などに行くしかないからだ。
会場では、このシリーズだけがスライド投映による展示となっていた。まずタイトルが投影され、続いてシリーズの写真が写真集の掲載順に(2)投影されていく。シーケンスは「ループ」になっていて、休みなく投映が繰り返される仕組みだ。会場の一部を区切り照明を落として投影されていたので、入場者がたて込んでくると落ち着けなかろう感じもあるが、私はゆっくりと見ることができた。
この展示は、私は「映画」だと感じた。ひとつひとつの画面が動いて見えないだけで、始まりと終わりをもってスクリーンに投影されていく(この場合はループになっているが)、つながった静止映像の一群を見る、ということは私にとっては写真よりもはるかに映画を見ることに近い(3)。しかも、この方法で見る牛腸のカラー写真は、まるでビデオのポーズボタンを解除したかのように、いきいきと動き出して見えた。同じような場所で撮影した写真が続く場合はなおのことである。ワンカットが投影される秒数は私にはやや長いほどであったし、投影される映像のサイズは一般の写真プリントよりはるかに大きいから、画面のディテールも十分に観察することができた。
牛腸が撮っていたのは70年代の終わりから80年頃で、私は東京での生活を80年頃から始めているから、写っている場所が撮影されている時間を私が同時代として牛腸と共有するわけではないのだが、まるで「そのとき」の自分がその場所をいま眺めているかのような動きをともなって、写真は私に迫ってきた。さらに、このシリーズの前の写真集『SELF
AND OTHERS』(77年)では注意深く抑えられていたのにこのシリーズにはかなり目立つ、あけっぴろげなほどに現在の自分の居場所を肯定し未来を明るく見ているかのような人々の表情に、私は自分でも意外なほど感動した。動揺したといってもいいほどだった。
展覧会カタログに掲載されている牛腸の友人・三浦和人のコメントによれば、牛腸はこのシリーズの撮影で、自身の身体的ハンディ(先天的な病気のため身長が140センチ台なかばほどだったという)が出来る限り写真に現れないよう注意をはらっていたという。このこともまた「映画」として見ることによって、より鮮明に伝わってくる。街頭で写真を撮ったことがあるかたならすぐに分かると思うが、ふつう程度の身長で撮っていても、かなりひんぱんにカメラの高低やアングルを変えないと撮れない写真なのである。必ずしも撮影の順序通りに写真が並んいないことはわかっていても、立ったりしゃがんだり、場合によってはガードレールに上ったりして撮っているであろう撮影者の動きを、大げさにいえば「手に汗を握る」感覚として受けとめることができる。投映される写真点数もさほど多くはないので、ほどほどの時間でかなりの満足(精神的にそして身体的にさえも)を覚えて、私は席を立った。
私には、この体験が必ずしもいいことだとは思えない。
牛腸はなぜ、自身の身体的ハンディが『見慣れた街の中で』に現れないように注意したか。それは、一般の写真家よりもつねに低い独自の位置から写真が撮れるという身体的アドバンテージをあえて利用しない、ということだ。それはとりもなおさず『見慣れた街の中で』を、牛腸自身をめぐる「物語」としては決して示さない、という明確な意図、いわば編集方針の表明でもある。
いま、展覧会のカタログに掲載された6枚の『見慣れた街の中で』からの写真を見ていてもわかることだが、撮影者が牛腸だと知ってこれらの写真を見れば、彼がその身体を人並み以上に駆使することで、逆にいかに平凡な、彼以外の多くのカメラマンでも撮ろうと思えば撮れそうな、いわゆる「ストリートフォト」、ひとつの典型としての撮影スタイルによった静止画像をあえて撮り集めようとしたかということがすべてなのである。私は牛腸がより長命であったなら、写真が持っている可能性の鉱脈を彼ひとりで次々と掘り当てていったに違いないと思っているが、それは、牛腸がそのいかにも作家性を感じさせる身体的な「恩寵」を作品としての写真から決然と切り離し、写真の物語的な連続ではなく写真による物語の切断によって、写真が写真であることとは何か、をできる限り平凡に、いわば「水平に」、示そうとしていたからだと考えるためだ。
写真を映画仕立てで投影し、そのシーケンスに一種の物語性が付与されることは、絵画のようにプリントを展示することとも、写真集をつくることとも違った、興味深い写真の見せかただと思う。私はこの方法が悪いとは思わない(4)。そもそもメディア依存性があるというか、同じフィルムから現れる形を自在に変えられるところが写真のよさだとも思っている。ただそれとは別に、映画仕立てという方法に、写真を、咀嚼しやすい刹那の肉体的娯楽に変えてしまうようなところがあったとしたら、どうなのだろうか。
むろん別の意見もあるだろう。そもそも写真を撮ることそのものが刹那の肉体的娯楽とは違うのかと言われると私には反論のしようがない。また、少しでも多くの人に見てもらう機会を持たなければ、使い捨てでない写真について考えようとする人たちの熱意は報われないだろう。たとえば東京都写真美術館は、来館者の期待に応える展示内容を揃えることで、開館以来最高の入場者数を記録したときく(5)。新しく目をひく鑑賞方法や、わかりやすいストーリー仕立てでの鑑賞方法を示せば、美術館の敷居は高いと思っている人たちもより多く来館するようになるはずで、そのための努力は無駄にはならないと思う。
繰り返すが、私は写真をスライド上映することそのものを悪いというつもりはまったくない。ここではただ鶴田浩二にならっておくことで、一文を終えることにする。
「古い奴だとお思いでしょうが…」(6)
(1)7月21日まで。http://www.momat.go.jp/gocho/gocho.html
(2)だと思う。確認はしていない。
(3)よく知られた映画にクリス・マルケルの「ラ・ジュテ」や大島渚の「ユンボギの日記」などがある。すべてスチル写真の連鎖でできている(「ラ・ジュテ」には一瞬動くシーンがあるが)。映画の一部分を構成するテクニックとしては珍しくないだろう。
(4)逆にいえば、虚実ないまぜの物語性を生じさせることでもっとも成功した例が荒木経惟のアラキネマという方法だろう。そういえばこのシリーズは「映画」だと題されている。
(5)36万4307人で前年01年度160%の大幅増。02年度最高来場者数を記録したのは「四国霊場八十八カ所
空海と遍路文化展」で開館以来歴代1位の入場者数でもあった。
(6)「古い奴ほど新しいものを欲しがるもんでございます」と続く(「傷だらけの人生」)。オチを書いてしまってはつまらないが、若いかたはほとんどご存じないと思うので…。
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