home documents shop link off the gallery
 
 
三島 靖 MISHIMA Yasushi

 |new issuereview issue

 

13:映画に登場した写真たち−2002年ロカルノ映画祭 2002.08.14

 今年の夏も、例年通りロカルノ映画祭が開催された(8月1日〜11日/スイス、ロカルノ市)。開催期間の後半のみという短い間だが、この映画祭を見てくることができた。

市内のメインストリートが映画館に。

 今回が第55回という歴史あるこの映画祭、近年、日本の若手監督の映画がノミネートされることで、その名がさらによく知られるようになってきている。しかし私の基礎知識もこの程度のもので、実際に訪れてみて体験したことで、この映画祭の興味深い側面を知ることができたと思う。もちろん今回が初めての訪問で、報道関係者向けのパスも申請しておらず、このような大きい映画祭の運営についての専門家でもない。毎年相当数の映画をみているつもりとはいえ、国内公開のものに限られるから、映画祭にラインアップされた多数の作品がどのような位置づけなのかも正確にはわからない。とはいえ、私の経験でなにか参考になることがあればとも思うので、ここでは今回のロカルノ映画祭で私が出会った、写真に関連した話題をかいつまんでお話ししようと思う。

野外上映が毎夜行われる。


 映画祭としての知名度はナンバーワンと思われるカンヌ映画祭が、配給関係者のための見本市的な色彩も強い(商業映画のプレゼンテーションの場でもある)のに対し、ロカルノ映画祭はかねてから文化性・作品性の高い、かならずしも商業性の強くない映画を積極的に紹介し広めていこうという映画祭だったという。統括ディレクターが交代して二年目、また55回という節目を迎えて、今回からさらに「innovative(革新的)」な、映画における新しいスタイルを作るような作品を紹介しよう、という方向性があらためて確認されている。
 このコンセプトに基づいて、さまざまなスペースで特集作品の上映やコンペティション部門の審査が行われるが、私の見たところ以下の三つの大きな柱があり、その下に細かな部門が広がっている感じである。三つの柱とは、 <1>世界の若手・中堅監督を中心に事前の審査をへてラインアップされた作品から、映画祭審査員による審査でグランプリを選ぶ「国際コンペティション」部門(したがってロカルノ映画祭でのコンペは若手映画人の世界への登竜門ともいわれる)、<2>ひとつのジャンル、ひとりの作家を集中的にとりあげて紹介することでその年の映画祭のイメージを打ち出す「特集上映」部門(今回はインド現代映画特集<インディアン・サマー>と、B級映画の巨匠アラン・ドワンの戦前から70年代に至る作品の回顧上映)、<3>そして街中の広場に巨大なスクリーンを設置し、期間中毎夜、ハリウッド系作品も含め娯楽性の強い話題作のヨーロッパ初公開が楽しめる(一度に6000人以上が見られる)という、お祭りを盛り上げる「グランデ広場」部門である(後の二つはコンペではない)。近年、日本からこの映画祭に参加した映画が多かったことは初めに述べたが、今回ラインアップされた日本人作家の作品は三池崇史の娯楽映画「デッド・オア・アライブ・ファイナル」(『グランデ広場』部門)と諏訪敦彦のドキュメント作品(三監督のオムニバス)、森村泰昌の「私の中のフリーダ」だった。若手監督の劇映画がなかったのは、おそらく、この映画祭に熱心に作品を持ち込んでいた関係者の事情が変わったか、狙いが別のところに行っているかなのだろう。相当数の日本人関係者が訪れているかと思っていたが、上映会場はもちろん記者会見にも日本人の姿はまったくないほどだった。

コンペティション部門作品の会見。中国映画「CHIKEN POETS」の監督が左から二人目。映画「ドリアン・ドリアン」の主演が記憶に新しいチン・ハイルーが左にいる。

 さて、ここでお気づきと思うが、森村泰昌の「私の中のフリーダ」はビデオ・インスタレーションであって35ミリ版の劇映画ではない。じつはこのような現代美術に関連する映像作品にも今回から上映部門(『in progress - vieo art』部門)が設けられた。とくに映画以外の分野で既存の映画と交わるようなはたらきをしている作品を選んだそうである。
 またいわゆる劇映画でないドキュメンタリーなどにも多くの場が用意されていることはもちろん、ビデオによる作品もコンペティション部門が設けられている。
 デジタル・ハンディカムの登場で、低予算で品質の高い映像編集をすることが可能になり、ビデオの可能性が飛躍的に高まっている昨今だが、フィルム映画とビデオ画面のタッチの違いもさることながら、誰もが撮れるということとそこに何かがあるかどうか見いだすこととはまた別の問題でもあるわけで、この部門を成立させるには相当の熱意と苦心があったことが想像される。
各国の映画人の情報交換の場でもある。

 いささか前置きが長くなってしまったが、この映画祭の期間中は、ヨーロッパは夏のバカンスの最中である。彼らの夏休みは長いから、私のように駆け足でみて回らずともここで映画を楽しむことは夏の計画の1コマ扱いだろう。スイスといってもイタリア国境に近いロカルノは有名な湖畔のリゾート地でもあり、商店のディスプレイは映画祭のイメージである豹(ヒョウ)柄で埋まっている。国際コンペティション部門の作品が上映される体育館は2000〜3000人収容規模だが、一日四〜五本上映されるそのたびに満席になることもまれではない。夏休みだから日中はもちろん翌朝を気にせず好きなだけ映画を見られる(最終上映開始は夜10時を過ぎる)わけだ。
 では、この映画祭で私が接した、写真に関連する話題を紹介していこう。問題は私の英会話力が弱いことで、英語字幕上映の非英語圏の映画はほとんど問題なく見られたが、セリフが英語の映画はまったく自信がなく、パンフレットなどで調べたところがある。いずれも日本で公開されそうなものや、インターネットで確認できるものを選んだので、興味があれば調べてみていただきたい。(1)

*映画「ONE HOUR PHOTO」(02年・アメリカ)

 国際コンペティション部門に出品されたサイコスリラー映画。アメリカ地方都市のメガストアにあるスピードDPEショップに勤める、しがない中年男サイ(ロビン・ウィリアムス)は、多くの客たちの家族スナップなどを焼き付け続けているうちに、ある家族に関心を持つ。その妻に淡い恋心を抱きながら家族を理想化し、自分も一員になって「サイおじさん」とよばれたいと妄想を膨らませる。長年にわたりその家族がスナップを現像に出しにくるたびに自分用のプリントも同時に焼き、偏執的にコレクションしていく。そんなある日サイは、別の女性客が持ちこんだフィルムに家族の夫との浮気の記念写真が写っているのを見つけてしまう。理想の家族の危機への恐れと怒りに煩悶するサイは、凶器とコンパクトカメラを持って、彼らが密会の最中のホテルの部屋を襲う。そこでサイの撮った写真は……。
 監督のマーク・ロマネクは、マイケル・ジャクソンやマドンナのビデオシューティングで知られ、MTV関連の賞を多数受賞。長編劇映画はこれが二作目。自身が写真家でもあり、スナップ写真が重要な役割を果たすこの映画において、主人公にさまざまな興味深いセリフを言わせている。たとえばこんなセリフだ。

−−人はどういうときに写真を撮るか。家族やペットが無事だよということを知らせ、安心するために撮る。記憶するために撮るから人生の記念日や結婚式などで撮るのだ。人は、忘れたいことを写真に撮りはしない。

−−人は他人に見られるということを気にもせず、他愛なくDPEショップに現像に出す。もちろん他人のスナップ写真というのは、本人以外には何の意味もないものだが、その写真をずっとフォローしていくことによって、その家族と同じ体験を共有することができる。

−−人は日常の些末なことは写真には撮らない。しかし実は、家族写真には写っていない些末なもの、それが生きる上で大切なことだということに人は気がつかない。

主演のロビン・ウィリアムスは、これまでのイメージと違った、孤独で変質者じみた中年を不気味に演じている。彼が主演だからおそらく日本公開されるだろう。

*ビデオ・ドキュメント
「YVES SAINT LAURENT 5 AVENUE MARCEAU 75116 PARIS」
(02年・仏)

 3か月にわたり、サン・ローランのパリの仕事場を自由に撮ることが許された、というビデオ・ドキュメント。ビデオ・コンペティション部門出品作。サン・ローランはさきごろ引退を表明したので貴重な映像でもある。彼の一見ラフなスケッチをもとに、そこから完全なオートクチュールを仕立て上げるスタッフたちの職人的で地味な作業と、彼らの技術的なコメント、そして煙草をとぎれず吹かしながら仕上がりをチェックしていくサン・ローランの姿がノー・ナレーションで延々と繰り返される。興味のない人にはとてつもなく退屈であるに違いないその繰り返しの中に「商品としてのコンセプチュアル・アート」とでもいえそうな、不思議な物神化のプロセスが浮き上がってくるから面白い。
 このドキュメントは、実は見たかったドキュメントフィルム二本が主催者側の都合でみられず、代わりにみた作品。でも面白かった。  見たかったドキュメント作品の二本は以下である。

*映画「WAR PHOTOGRAPHER」(01年・スイス)

 戦争報道写真家の第一人者として日本でもその名を知られているジェイムズ・ナクトウェイをとらえたドキュメント映画。スイス映画特集部門上映作。監督のクリスチャン・フライは51年生まれ。テレビのドキュメンタリーシリーズ制作が専門のようだ。この映画では二年にわたってナクトウェイを紛争現場にまで追い、さらに超小型ムービーカメラをナクトウェイの機材にセットして、カメラマンの戦場での動きを直接とらえたという。

*ビデオ・ドキュメント
「Guerre Sans Images Alegerie - je sais que tu sais」
(02年・スイス/フランス)

「映像のない戦争 あなたが知っていることを私は知っている」というこのビデオ・ドキュメント作品は、スイス生まれでパリ在住の写真家、マイケル・フォン・グラフェンリードがドキュメントした、ここ10年間のアルジェリアの人々を撮影した写真集に触発された、アルジェリア出身の監督モハメド・スーダニが、20年ぶりに母国に戻り、写真家と二人で写真集を携え、写真に写っている人を探し出して、写真の後で彼らに何があったのか、自分が写っている写真をどう思うかを尋ねていく。紛争地で写真に写った人々の運命を追うだけでなく、映像の力と暴力を同時に考えるドキュメント。
 この作品も見ることができなかったが、映画祭期間中、映画に使われた写真集からの写真展が行われており、会場にマイケル・フォン・グラフェンリード氏自身がいて、話すことができた。
 アルジェリアは62年のフランスからの独立後、長らく1党独裁が続いたが、90年〜91年の選挙で「イスラム救国戦線」が勝利しそうになったため、92年2月、政府によって非常事態宣言が発された。この宣言は無期限延長され、同年に「反テロリスト法」が発されてイスラム救国戦線は非合法化された。以後長らく武装闘争が続いている。イスラム主義政権の誕生を支持しなかった(政府の弾圧を黙認している)とみられt欧米諸国への反政府活動家たちの反感は強く、世界の紛争地の中でも外国人記者・カメラマンに対する暴力は厳しくて(2)、グラフェンリード氏の発言によればここ二年間で80人の外国人報道関係者が殺されたともいう。
 彼との話で、興味深かったコメントは以下のとおり。彼のホームページも紹介されたので、ここでの話題にのぼっている、パノラマフォーマットでアルジェリアを撮影したシリーズのポートフォリオも、見ることができる。(3)

−−パノラマを使っているのは、フォーマットからではなく、カメラの機能を重視して選んだんだ。このシリーズの撮影には「ワイドラックス(WIDELUX)」というパノラマカメラを使っているが、撮られる側にはこれがカメラに見えないということが重要だったんだ。報道カメラマンといえば一眼レフを構えてパチパチやるっていうイメージがあまりにもできすぎてしまっているでしょう。だから普通のカメラをアルジェリアで使うのは危険だったんだ。私が撮ったアルジェリアはきわめて緊張した状態にあって、つねに監視されていた。写真を撮ったとわかっただけで逮捕されたり殺されたりしたんだ。だからすべて盗み撮りだ。このパノラマカメラを胸元に構え、ファインダーはのぞかずに撮る。レンズが動いていって撮影が行われるが、最後の瞬間だけ自分も静止するようにした。カフェのテーブルにこのカメラを置いてシャッターを切ったときなど、店にいる全員が、あれは何だろうと不審そうに見たので、ほら、全員のカメラ目線が来ているみたいでしょう。(4)

−−アルジェリアの人たちにとって、写真に撮られることは罪なんだ。写真に写ることはイスラムの教えに反する。だから決して写真に撮られようとはしない。女性の肌が見えているのも罪なことだ。映画の撮影では写った人を探して写真集をあげて、しばらくして再訪してみたんだが、そうしたら私の写真集の、海水浴をしている水着姿の女の子が写った写真のページには緑色の紙がベタベタ貼って隠されていた。緑はイスラムの宗教的な色なんだ。

−−写真に写ること、写真を撮られることがそれほどまでに罪なことならば、彼らを隠し撮りした私はどうなんだろう。罪を侵したのだろうか。そこで、私はあなたがたに対して許されないことをしたのでしょうか、そう聞いてみた。返事はこうだった。「いや、関係ない。あなたはキリスト教徒だろ、キリスト教徒はとっくに地獄におちているからね」。いや、これは私をとがめるとか、皮肉をいったのではなくて、真剣にそういっていたんだよ。そして、私のしたこと、つまり写真を撮ったことそのものは彼らには関係ない、彼らが私に「写真を撮ってくれ」といったら、彼らは罪を侵していることになるんだというんだ。

 以前ここでも書いたことがある「イメージのない戦争」については、モフセン・マフ バルマフがアフニスタン難民のために学校をつくろうという自分の運動の中で撮影した、子どもたちのドキュメント・フィルム「アフガン・アルファベット」も、この映画祭で上映され私もみた。難民キャンプの粗末な教室で熱心に勉強する女の子 クラス。そこに「あなたはテレビでこれを流すでしょう、私はブルカを脱がない! 他人に素顔を見せることは罪なのよ!」といい続ける小さな女の子が……映画「カンダハ ール」のロケ地で撮影された、またしてもマフバルマフらしい展開を見せる作品で、一見をおすすめする。帰国したら東京でも近く公開される(5)ことがわかった。

 −−というわけで、私の紹介を振り返ると、写真に関連することに絞ったせいもありロカルノ映画祭の「王道」とはかなりずれた部分の話題に終始してしまった。実際は私も日程のほとんどはコンペティション部門を中心に劇映画をみて過ごしていた。  ただ、そのこととは別に今回印象的だったのは、ロカルノ映画祭のディレクターが、映画祭の将来は明るい、個々の映画祭の特徴がもっと個性的に出ればますますいいだろう、と語っていたことだ。むろん、たんにジャンル横断的に「innovative」だと称して上映したからといって、それが「明るい」将来を必ずしも示さないことはいうまでもないし、初めにも述べたように、私はその位置づけを知らずに映画祭全体からすればごく一部の上映作品をみただけでこの映画祭のあり方について何かいおうとは思わない。しかし、昨秋初めて山形国際ドキュメンタリー映画祭を訪れたときにも感じたのだが、ひろく映像表現、ということで考えたときに、本来は映画よりフットワークが軽く、言語や作法にしばられにくいと思われる写真のほうがむしろ、どこか硬直化した悩みを抱えている、あるいは、おそらくそれが原因での逆説的な自意識過剰に陥りすぎているのではないか、と思う昨今なのである。どれがどうだ、というような話ではないのだが……。


(1)ロカルノ映画祭公式ホームページ http://www.pardo.ch/indexx.jsp
(2)アムネスティ・インターナショナルのニュース・リリース(02年2月ほか)などによる。
(3)http://www.mvgphoto.com ここで話題になっている写真のポートフォリオは http://www.mvgphoto.com/portfolio/algerie/00algerie.html で見ることができる。
(4)上記ポートフォリオのホームページが見られる場合、左から三列目、上から三点目の写 真がそれ。
(5)9月7日から新宿武蔵野館1で公開予定。
| site map | access | contact |
Copyright (c) 2001- photographers' gallery, All Rights Reserved.