|
最近、胸を踊らせてページをめくった、というヴィジュアルブックにめったにお目にかかれない。子どものころは平凡社の「絵本百科」というのがそうだった。さほどの厚みはないのだが、小さい子どもの手には余るほどの大判で全五巻、極彩色の手書きの絵がぎっしりつまった未知の世界の解説書を床に置いて広げ、先へ後へとページを繰りながら時を忘れて没頭したことは忘れられない。五巻目だろうか、「はかり〜わたりどり」という背表紙のインデックスをいまでも思い出せるし、図版があって文字があり、その両者が奏でる和音の響きの中で空想の旅へ飛び立てるような本を作りたい、という、私の編集という作業への思いは(それがいまも生きているかどうかは別として)、おおげさにいえば「絵本百科」を眺めている子ども時代の私の気持ちとほとんど変わることがない、とさえいえる。
さてその「絵本百科」のいささか美化された読書体験には及ぶべくもないのだが、私にしては珍しく<もったいなくてチビチビ読んでいる>ビジュアルブックが今秋刊行されているので、紹介してみよう。
それは「驚異のジャケット研究本」と題された「100 BEST ALBUM COVERS」の日本語版(ミュージック・マガジン刊・4800円)である。ロックやポップス、ジャズの盤でジャケットのアートワークが優れた古今の盤100枚を選び、1ページか見開きごとに、そのアートワークに費やされた仕事の内容を、写真撮影、イラスト作成、グラフィックデザイン、タイポの選びかたなど要所要所を押さえつつ解説した本だ。もちろんジャケットの良さだけではなく、いわゆる「名盤」が多めに選ばれているので、音楽好きならたちまちその音を思い浮かべながら読むことができるだろう。見るのも読むのも楽しい本である。
なんといっても見落とせないのは、この本がストーム・ソーガスンとオーブリー・パウエルという、デザイナー集団「ヒプノシス」の中心メンバーによって調査・執筆されている点だろう。ヒプノシスが書いたロック&ポップのジャケット本とくれば、私と同好のかたは、この時点で席を蹴って書店に走っているか「とっくに持ってるよ、バ〜カ!」と怒鳴っておられることだろう。ジャケットを扱ったヴィジュアルブックは少なくないが、その制作過程を解説した本はめったにないのである。
ヒプノシスは、とくにピンク・フロイドを中心に、レッド・ツェッペリン、ピーター・ゲイブリエルなど、イギリスのロックバンドのレコードの歴史的なヴィジュアルイメージを残してきたグループで、バンドのキャラクターと個々の盤のコンセプトを巧みに織り込んだ、写真による素晴らしいジャケットワークは、これまた同好のかたならば、あれがそうだこれもそうだと枚挙にいとまのないことであろう。
ヒプノシスがロックアルバムのジャケットで使った写真について語るとすれば、いかにもロックスター然とした演奏者のポートレートを使うのではなく、ちょうどその盤に入っている曲のワンシーンを取り出したかのような写真を使うのである。そのシュールレアリスティックな映像はしばしば、そのシュールさを実際に作ることで撮影されている(たとえばピンク・フロイドの「炎(Wish
You Were Here)」(1975年)のジャケットには握手しながら燃えている男が写っているが、実際にスタントマンに火をつけて撮影している)。むろんデジタルレタッチソフトなどないころから作業してきた彼らのことだから、手続きとしては当然なのだろうが、写真を作らず、現実を作る(完璧に作った現実を撮影する)ことで、ヒプノシスによるジャケット写真には、まさに日常の裂け目から噴き出す、めまいを起こすような陶酔と不安が満ちていたのだ。また、彼らの写真は決して難解に走ることがなく、かといって完成度の高い商業写真とも異なり、ある意味では普通
のスナップのようにも見える。これは使用写真を自分で撮っているソーガスン自身、写真はまったく独学だったことからもきているのだろうが、このことが目の放せないイメージを作ることに寄与していたことは間違いない。70年代にこのヒプノシスのデザインを見慣れていたせいか、80年代の後半以降アメリカの芸術写真の動きとして大きく話題にされた「ステージド・フォト」(日本では、コンストラクテッド・フォトなどともいわれていたようだ)を見せられたとき、私などはそれらがやたらに古くさく見えたし、惹かれるところも少なかった。
そんなわけで99年に、このような本が出ている(英語で)という話を聞きつけたとき、私は「ヤバい!」と思った。
かくのとおり私は音楽を聞くだけでなく、聞いている盤のアートワーク、とくに写真を見るのが好きだ。これはいまのようにヴィデオ・クリップやライブ映像がめったに観られない時代にロックやジャズを聴きだした世代には多かれ少なかれ共通
する態度ではないだろうか。アナログLPのジャケットをためすすがめつ眺めながら、音の中で空想の翼を広げる……それが田舎で不良扱いされながらポップ音楽を聴いていた少年たちなりの「トリップ」だったのだと思うのである。
で、いまを去る10年以上前、初めてカメラ雑誌の編集者をするように言われた私は、喜んで「レコジャケ特集」を行ったのだった。
当時、私なりに小話を集めており(たとえばリー・フリードランダーは60年代にアトランティックの仕事をしており、ジョン・コルトレーンの名盤「ジャイアント・ステップス」のジャケ写はフリードランダーの写真なのだとか)、ここで書いているように実際の雑誌の誌面でそれを紹介してみたわけである。その記事は当時の上司にはことのほか不評で「カメラ雑誌で音楽のことはやるな」と命じられたのもいまとなっては懐かしい話だ。
そんな私のささやかな「公私混同」も、本格的なCDの時代にあって、おのずと鳴りをひそめるに至った。LPからCDへのサイズの変化で、ジャケットワークに本当に劇的な変化が起きたかといわれると私も心許ないが(現にソーガスン自身、CDのサイズの小ささはデザイン時あまり意識しないようにしているといっている)、たとえば写真のディテールからアルバムコンセプトを読みとるような、ヒプノシスでいえばまさにレッド・ツェッペリン「プレゼンス」(1976年)のような仕事は現実には採用されにくいだろう。私はグラフィックデザイナーではないが、かりに私がCDサイズのヴィジュアルデザインを発注するクライアントだとすれば、かような「盛り込む」「作り込む」仕事は頼まないし頼めない。パッケージのイメージが売り上げに寄与する(寄与させねばならない)のだとすれば、セオリー通り無難な「引き算」のデザインを頼むに違いない。ちなみに日本のいわゆる「Jポップ」の盤のデザインの多くを私は好きではないが、現場は「その人がやると売れる」という神話をかち取ったごく少数のデザイナーの寡占状態にあるという。まれにこれらのデザインについての記事を雑誌で読むこともあるが、なにごとも寡占された事態では、なるほど音楽がつまらなければジャケットもつまらないのも当然だというような状況であろう(1)。
さて「100 BEST ALBUM COVERS」だが、すべてが写真の話ではないので、今後はこの本からのパクリであることを名言せずには小話ひとつできないかと思っていた私も少しだけほっとしたのだが(2)、それでも写真好きのかたならば見逃せないエピソードは多い(たとえばレッド・ツェッペリンの「聖なる館(House
Of The Holy)」(1973年)のジャケ写でヌードの後ろ姿を見せているモデルの少女が、沢渡朔の「アリス」のモデルの子だったとか!)。
私がこの本で一番好きなのは、パティ・スミス「ホーシズ」のジャケ写でパティを撮ったロバート・メイプルソープの話である。まだ有名でなく撮影技術に全然自信のなかったメイプルソープは、サム・ワグスタッフのアパートの白い壁の部屋で自然光が最良の状態になるのを待ち、パティを撮った。現像は近所の店に出したという。
「ふたりで成功することを夢見ていた」若者たちの一瞬の輝き。この「光」を、最近の日本の若い人たちの写真に感じることがなく、それがなぜなのかと考える余力のない自分の年齢が悲しい。
(1)しばらく仕事の縁がないが、単行本の装丁というものも、おそらく似たような状況だろう。
(2)直近の盤でいうと、ポール・マッカートニーの新譜「Driving
Rain」のジャケット 写真は、ポール自身がカシオの腕時計タイプのデジタルカメラで撮った写真だ。インナー スリーブに使われている写真もすべてそうである。ちなみに「レコード・コレクターズ」誌の12月号に掲載されたストーム・ソーガスンのインタビューによれば、どの盤のデザインも結果的にたいしたことがないのにもっともうるさいクライアント(笑)の代表としてポールの名が上がっている。映画「Let
It Be」でジョージのギター演奏に執拗にケチをつけるポールのコントロールフリークぶりが思い出され、ジョージの病気の悪化が伝えられるいま、やや暗い気分になる。
(3)というような小話をしているうちに、ジョージが亡くなってしまった。朝日新聞の記事によれば、11月29日(日本時間30日)、米ロサンジェルスの友人宅で。58歳。ポールはロンドンの自宅前で30日朝、「いいやつだった。とても勇敢に生きたし、素晴らしいユーモアのセンスもあった。かわいい弟のようだった。ほんとうにすてきな男だった」と述べたという。
|