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三島 靖 MISHIMA Yasushi

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03:カメラを体験すること- 佐藤時啓                 2001.4.13


 佐藤時啓は、いま、どこにいるのだろう。
 いや、佐藤が制作をやめてどこかに行ってしまったという話ではない。予定通りであれば佐藤は新しいプロジェクトの活動を本格的に開始して、そろそろあの不思議な形の物体を車で引いて各地を訪ねているに違いない、という話である。
 佐藤の新プロジェクトの中心となる「不思議な形の物体」とは、写真のような、電波アンテナを立てた宇宙船か潜望鏡を出した潜水艇のように見えるものである。高さと長さが約3メートル・幅が約2メートルの、車のようなものだ。
 これは「カメラ」なのである。トレーラーの上に巨大な箱形カメラを仰向けに載せたような構造になっている。上の潜望鏡のような部分がレンズで、横向きのレンズから入った光はプリズムで直角に曲がって真下に進み、カメラでいえばピントグラス部分、つまりこのトレーラーの床に大きな像を結ぶようになっている。レンズは事務機器用のレンズ(コピーや製版用に使われるもので、パーツとして市販されているもの)を使用し、一般的なテクニカルデータでいうと2500ミリF25ということになるそうだ。車検の問題もあるので、この「カメラ」は公道で使用できるトレーラーの上に「荷物」として載せた形になっており、乗用車で牽引して走ることができる。カメラの部分は、佐藤と彼が勤務している東京芸術大学の学生たちの協力による手作りだが、知られているように佐藤はもともと金属を素材とした彫刻家としてキャリアをはじめており、これまでの写真作品の展示用パーツなども自分で作っているほどだから、工程こそ面倒ではあったが自分で作ることにはまったく抵抗がなかったという。
 この新プロジェクト「漂泊するカメラ[家]」における実際の撮影は、つぎのような手順になる。
 カメラを自動車で引っぱっていき、撮影目的地に設置する。上部のレンズをF270に絞り、ダイレクトプリント用のロールペーパーをトレーラーの床にしいて露光する。私などが聞くとその規模や数字の大きさに驚いてしまうが、縮尺が違うだけであって、もっとも単純な構造の中・大判カメラで撮影する場合の手順と変わるところはない。写った写真は標準レンズで撮った感じの自然な画像である。
 佐藤たちはカメラとともに移動し、カメラの中で生活もし、移動するたびに撮影し、同時にカメラの外からその様子を撮る。ポジペーパーの上にはカメラを向けた風景や、外から撮っているスタッフはもちろんのこと、カメラの床にペーパーを敷く作業をする佐藤たちの姿も影のように写り込んでいる。佐藤がこれまでに発表してきた、風景の中にライトや鏡で光の痕跡を刻み込む写真作品の核にあった、撮影者が写真という行為と結果に対していかに全身でかかわり尽くせるかという意志が、このプロジェクトで撮影した写真にはより明確に現れている。

 さて、私が強調したいのは、このプロジェクトの工程の面白さだけではない。この計画で重要なのは、作業を通して得られた写真、すなわち印画紙に写った映像や作業過程の記録に撮った写真というアウトプットを作品とすることが、活動の帰着点の中心ではないようだ、という点である。
 佐藤の計画では、この巨大なカメラを引いて日本の各地を訪れ、集まる人たちにカメラの中に入ってもらい、投影される映像を体験してもらうのだという。映像も観覧者も動いている。カメラも写真家(この場合なんと呼ぶべきだろう)も、移動を続けるのである。
 美術館やギャラリーという空間を出て動き回り、観覧者と共有される「写真」システム。巨大なカメラオブスクラにお客を入れて行われた写真前史的な「ショー」ふうでもあり、わかりやすくユーモラスでさえある。ただ、これが佐藤の手によって提供されていることを知るとき、彼はこれまでの写真作品とは原則の部分で異なる、きわめてラジカルな写真の形を提案しているのだと私は思う。
 現代の芸術作品と鑑賞者の間の絶望的な距離、たとえば現代美術を美術館などで展示して、一般の人たちに何が伝わるというのか……佐藤はつねにそういう意識を持っているという。その気持ちはバングラデシュで開かれた芸術ビエンナーレに招聘されたとき、いっそう強まったそうだ。バングラデシュで現代芸術祭など開催してどれほどの訴求力があるのか、と事情を知らぬ私も一瞬思うが、指摘されるまでもなく、そう思うこと自体が芸術の存在を殺してしまうというアポリアがある。論理的にはたとえそうであれ、出展当事者として現地に行った佐藤にしてみれば、鑑賞者である現地の人たちに自分の作品がどのような「態度」として見られるのか、ということは、芸術のアイデンティティを議論するよりも切実な問題であったに違いない(もちろん、それは佐藤の真面目さであって、それが芸術家の資質として必須のものかどうかは別の問題だとは思う。自己の芸術表現がいかにエスニシティなり政治なりを超えた存在たりうるかという可能性へ作品を投げ出すことも、また芸術家のひとつの資質だろうから)。
 そこで佐藤が思いついたのは、小さな家ほどもあるカメラオブスクラを煉瓦で作り、その中に入った鑑賞者に、投影される映像を見せるという作品だった。すでにこの前年に埼玉県立美術館でのグループ展「呼吸する風景」(1)で、展示会場に「三つの眼を持った部屋」という全長約10メートル、高さ約3メートルの大きなカメラオブスクラを設置し、美術館の外の、ちょうど鑑賞者が入館するときに通ってきた場所の光景が倒立像として投影されるというインスタレーションを行っているので、その続編ということになる。
 さらに佐藤は、現地でよく見かけた人力車もカメラオブスクラにしてみた。客席を覆って天井にレンズをつけ、鑑賞者というか人力車のお客は手に板を持って、人力車が走るにつれてその板に投影されていく外の景色を見る、というものだ。これに好反応があり楽しまれたことが、今回のプロジェクトにつながってもいる。

 これまでの佐藤の写真作品がすくなくない共感を得たのは、鏡やライトを持ってカメラに光を送る佐藤の、ほとんど情熱的といってもいい身体行為が、静謐で美しいオブジェのような平面をアウトプットしたことにあると私は思っている。直接見るとテレくさくなってしまうような生な身体の動きが、光をとらえた、という結果においてまさに彫刻のような静けさで平滑に結晶していることが、たとえば美術館のような静かな空間の二次元の壁面に違和感なく存在しえたのだ。
 長時間露光をかけて動く光源の光跡をとらえたり、減光フィルターを使って鏡による強い反射光を焼き付けるテクニック自体は、さほど新しいわけではない。しかし、ワンカットの平面の中に「光」が、これほどまでに平明で直截に美しく見える写真を、私は多くは知らない。しかもそれを、撮影方法のタネ明かし(2)なしで多くの鑑賞者が感じることができるのだ。いま、私にしては率直に「美しい」ということばを使ったが、私がこれを「キレイ」とか「カワイイ」とか「ウマイ」というニュアンスではまったく使っていないことは、蛇足と思うが書き添えておいたほうがいいだろう。どのような写真の場合にもこのことばを使う用意が私にはあるが、かような率直さでもって「美しい」ということは、現代の写真においてはほとんど不可能になっているのではないかと思える。それでもなお、多くの凡庸で空虚な「美しい真」を称える下品な響きのない「美しい」ということばを使いたい衝動にかられたとき、私はその写真に澄んだ誠実さのようなものを感じ、ほぼ直感的に受け入れてしまうところがある。

 くどいようだが、私は佐藤のこれまでの作品を、写真に対して写真家がとりうる態度のうちもっとも誠実なものの表明のひとつだと感じてきた。だが一方でそのことは、撮影の過程よりも結果としてのプリントに見られた、静けさの中の光のざわめき、といった、かなり情緒的な印象によっていたことは否定できない。
 とすれば、プリントが入念に作られれば作られるほど、プリント上の光の美しさが増せば増すほど、そのプリントはいわば私の「使用目的」と一種の互助関係にある、矮小な「商品」になりかねないことになる。
 写真というものは、ひっきょう、写真というシステムを手にした側による収奪の行為であって、奪う側が写真を与える者に変装して登場したとき最悪の植民地性を呈することは私がはじめていうことでもないが、カメラを持ったままこの構造を相対化しようとするならば、写真家はたちまち被写体を失うだろう。  この点において佐藤の新プロジェクトが本質的にラジカルなのは、この行動が、あらかじめ被写体を捨て、はじめから観覧者との共同体験として存在しているように思われるからである。今後実験を重ね、巨大カメラを使った「美しいプリント」もおそらく制作されていくこととは思うが、鑑賞者参加という点だけみてもたんに個人の芸術表現というだけではなく、社会性・公共性が重視された、写真を考え直すことにおいて平易で啓蒙的な美術運動と位置づけるべきではないか。

 「いや、そうではない」(3)
 と、この点について佐藤はいう。
 「これは政治や宗教の活動とはどこかずれた存在のはずです。楽しんでもらうことが前提なわけだしね。写真というものを使うと、こういうものが写るんだ! という魔術性をぼくはまだ信じている。それをもっと体験してもらいたいんです。これはまさに写真だからこそできることなんです。写真は街へ出ていくことで撮るものでしょう。だからこそぼくは"写真ごと"街へ出てみよう、と思ったんです」(3)
 そう、佐藤時啓というひとは、写真に対してどこまでも誠実に行動的なのである。 「写真は、私をアトリエから外に連れ出してくれる有能な乗物(Vehicle)である。同時に、時として分断しがちな、私の観念と感覚の間を取り持つ通訳のようでもある」(4)
 だとすれば私たちも、このカメラがある場所を探し出して、約束もなく行き合わせたかのように未知の土地でこのカメラを体験してみようではないか。携帯電話がまだなかった頃は、在不在を確かめることもなくとにかく相手のいそうな場所に訪ねていくこと、それが信頼しうる存在に対して誠意を示す大切な方法のひとつだったはずである。


(1)「呼吸する風景 長沢秀之 佐藤時啓 平田五郎」1999年6〜8月
(2)これは、さまざまなメディアですでに行われている。活字になっているものでは、たとえば佐藤の作品集『光−呼吸』
(美術出版社)には、写真家の江成常夫・土田ヒロミとの座談会が収録されており、写真家の側から素朴な技術的質問がされているので、佐藤のこれまでの作品の技術的側面を知ることができる。
(3)「アサヒカメラ」2001年3月号
(4)佐藤時啓展「光−呼吸」カタログ(1996)
写真撮影=杉浦章浩

佐藤時啓 さとう・ときひろ 1957年山形県生まれ。東京芸術大学彫刻科卒。同美術研究科修士課程修了。87年から写真の制作を開始。光を画面に刻み込んだ作品で評価を高め、90年代には在外研究や各国での芸術ビエンナーレへの参加など活動の場を広げる。 99年より、東京芸術大学が新設した先端芸術表現科助教授。

 

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