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October 17
ヒステリーは圧縮し、パラノイアは分割する

10/8から10/27までphotographers' galleryで「港千尋展 Augusutine Battaille Explosion#1 : Entopic and Extasy」が開かれている。
ギャラリーの2室を使い、一部屋には旧石器時代の洞窟内部や壁画の写真、もう一部屋にはオギュスティーヌを中心とした、19世紀末のサルペトリエール病院に収容されていたヒステリー患者の資料写真が並ぶ。

資料写真の展示室では、ヒステリーにまつわるテキストも読めるのだが、そのなかで異様な雰囲気を放っているのがD.P.シュレーバー『シュレーバー回想録』からの抜粋だ。
この病院で催眠術の実験を行い精神分析の基礎を築いたシャルコーや、患者の写真について論じたディディ=ユベルマンの文章に混じって、いきなりパラノイア患者の手記である。一瞬なぜこれがここにあるのかと戸惑ってしまいそうだ。

シュレーバーは自らの禁治産処分を取り消すために、妄想のうちに体験したことがらをこの『回想録』に記した。彼の症状はのちにフロイトの紹介により「シュレーバー症例」として知られるようになる。
彼の妄想において、幻覚や幻聴は‘神’によってもたらされる。神は光線となって神経に入り込み感覚器官を介さずに声や形象などの印象を生じさせるのだという。最終的に彼は「脱男性化」して神と交わるのだと記す。

光線の入り込んだシュレーバーの身体は‘神’という他者の語りが展開されるいわば容れものに過ぎず、妄想のなかで彼は完全に受身の存在である。
フロイトの言うように受動性が女性の本質であるならば「脱男性化」というのはあまりに出来すぎた、皮肉な結末だ。

神という内在する他者に取り憑かれたシュレーバーが『回想録』を通して自らの外側に位置する他者に向かって言葉を発する、そのときに何よりもその語り口が「きちんとした」文章であることに驚かされる。
石沢誠一氏によるこの本の解題では「西洋には、ロゴスの対蹠点に位置づけられる狂気というよりは、ロゴスが狂気そのものと離れ難く結びついて際限なく展開するディスクールが厳然と存在する事実」が指摘されており、『回想録』はそうしたパラノイアのディスクールがいかに展開するのか知るために最良の書であると述べられている。
シュレーバーの言葉は、カメラの前で、期待される「狂気」を演じてみせたというサルペトリエールの女たちの姿と対照的に思える一方で、誰かに見られている自分自身を知っていた彼女たちとどこかで重なる。
神に犯され続ける、医師に観察され続ける、受身の存在として自らを位置づけながらシュレーバーはその外側に向かって理性で語り、オギュスティーヌはこちらを見つめる眼に向かって狂気で応える。

神の女となったシュレーバーの言葉が、当時女性特有の病とされていたヒステリーの患者たちの写真と並ぶ。そのときに見えてくるものは精神分析学につらなる系譜かもしれないし、あるいはどんな狂気よりも不可解な他者という存在なのかもしれない。

さまざまな論文に引用される『回想録』だが、この本自体が読まれることは少ないという。ぜひ一読の上展覧会場に足を運んでいただきたい。


September 2
そろそろ終わっちゃう展覧会の話(9/25まで)

東京都写真美術館の展示室はいつも歩きにくいなと思う。
展示室に対して作品数が多かったり、順路を辿ろうとすると来た道を戻らなければいけなかったりで、ぐるぐる回っているうちに脚が疲れてしまう。
けれど今回はそんなこともなくゆるっと回れた。観たのは「ブラッサイ―ポンピドゥーセンター・コレクション展」。

「だれだれ展」と、作家の名前を冠した展覧会は好きじゃないことが多い。
「だれが何年に作った作品」という資料的価値が第一になって、眼の前の作品をみるという営みをないがしろにしてしまうような印象がある。
うんでも、このブラッサイ展はありだなあ。ブラッサイの仕事それぞれが調和して、空間がちゃんと完成する感じ。
キャプションが少ないのも良かった。その日はなんだか寝不足で、ぼうっとした眼の端に映るパリの風景を拾うようにしてふらふら歩くのが心地よい。

ブラッサイというと「やらせ写真」であることが話題になったりするが、彼は「現実を切り取る」ことよりも「その向こうを見ること」を写真の仕事としていた(その点で、シュルレアリストたちとの仕事『ミノトール』は興味深かった)という。そのために画面を作りこむ、彼はどこまでも作家だったのだろう。
そうして写された夜のパリが、彫刻や素描と並べられて昼の恵比寿でぼうっと見られる。なんだか彼の作品にぴったりの展覧会だ。

このひとが生きてたパリの「向こう側」と、写美の小さな展示室の「向こう側」は今ひょっとして繋がってるんじゃないかしら。ゆったりしたモノクロームの空間は、そんなことを思わせた。

 


August 18
うたまくら

 


越後妻有トリエンナーレ「大地の芸術祭」。新潟は十日町周辺のまちおこしの一環として、2001年に始まった。「伝統的な風景や生活をアートを通して見直そう」「それで観光客にも来てもらって地域の活性化をはかろう」という主旨らしい。地域の外からアーティストを招き、空家や田園を利用して作品を制作してもらう。

次回は2006年。今年は祭の前年ということで「越後妻有2005夏10days −真夏の里山体験−」という10日間限定のイベントが開催された。構想中の作品の一部が公開されたり、地域活性化に関するシンポジウムが行われたりする。

このイベントに、スタッフとして参加してきた。行き帰りタダ、宿タダ、温泉100円(ただしシーツ持参)という好条件。
どうしよう毎晩温泉しかも作品まで観れちゃうもんねー。意気揚々と出発する、が、甘かった。

いろんな人と話す機会があった。地元農家のおじちゃん、出品作家、どっかの美大生。これがものすごく疲れたのだ。もれなく話が合わない。なんとかしなければ!と必死になっているうちに体力を消耗してしまい鑑賞どころじゃなかった。しまったやっぱりお客で来ればよかったわ。
トリエンナーレの話をするときに「アート」とか「作品」とかいう言葉がひとり歩きしている、神格化されているかんじがいやだったのかもしれない。
今この町で「アート」と言ったら、なにをやっても許されてしまうんじゃないんだろうか。

衝撃的なものも沢山目にした。一番上の写真はマリーナ・アブラモヴィッチの「夢の家」という作品の看板なのだが「ただの家じゃない、これが噂のアート作品」とか絶妙なフォントで書いてある。
みんながこの前を素通りしているこの状況!それでいて芸術とか言っている状況!
温泉に入るころにはすっかりぐったりしていた。

けれど一番驚いたのは、ぐったりしておきながら「結局行ってよかった」と自分が思っていることだ。
そこでは星が沢山見えたり、やさしいおばあちゃんが居たり、極彩色のオブジェが陽に照らされていたりする。「田園風景と現代美術の融合」とかわざわざ言わなくても、それらはひとつの景色で、そしてとても綺麗だ。無批判にアートが語られようと、センスない看板が乱立しようと「オーケーオーケー、どんとこい!」と受け止めてしまう懐の広さがある。そして、そいつの大勝利なのだ。
きっと来年、私はまた新潟に行くのだろう。しかもシーツ持参で。


August 6
眠ったら死ぬぞ


大学に、高校生が沢山いる。どうやらオープンキャンパスらしい。中途半端な方言の波をくぐって教室に向かう。
映画監督青山真治氏の集中講義を受けてみた。お題は「映画と視線」。画面内での登場人物の視線の交わされ方、見ている人と見られているものの関係なんかの話をしている。

映画を通しで一本観たあとで、それについてディスカッション? ディスカッションなのかあれ、まあいいやディスカッションをするという形式。よって居眠りは許されない。一度うっかりうとうとしてしまい、目覚めてからはらはらし通しだった。

その日は、寝不足にもかかわらず眠らなかった。
観たのは今年生誕100周年の成瀬巳喜男の作品、『女の中にいる他人』。
初めて観た。成瀬ってこんなのも撮るんだ。

ストーリーはサスペンス仕立て。友人の妻を殺してしまった(らしい)男とその妻の話。小林桂樹演じるこの男が、神経衰弱気味という設定。登場人物の語りに合わせて過去の映像が流れる、ナラタージュの技法が多用されている。小林が神経衰弱なせいで、そこで画面に映るものが、本当に、過去に、あったものなのかはっきりしないまま映画は進んでいき、そのまま終わってしまう。
夢うつつ。
妄想と現実の区別がつかない。画面に映っているものが誰に見えているものなのかわからない。次に現れるものが予想できない。
そんな状態で、観客は次々現れる画面と画面を繋げていかなければならない。

「成瀬作品は『見ている人』の眼の動きで『見られているもの』の動きを表現するような撮り方が顕著」と紹介されていたが、この映画、奥さん役の新珠美千代アップばかりで、しかもカメラ目線でずっとこちらを凝視している。その眼はじっと動かなくて、果たして次に画面に現れるものが彼女の見つめる先にあるものなのかどうかわからない。
とくにラスト近くの花火のシーンはものすごく奇妙に写った。
子どもたちが花火を見るといって出かけてしまい夫婦だけが家に残される。
前を見つめる新珠のアップ、花火、花火を見ているであろう彼女の子どもたち。間に挟まれる花火は、彼女や、子どもたちによって見られていると思うのが普通かもしれないが、いままでさんざんわけのわからない画面を繋いできたこちらは、花火なんてどこにもないんじゃないの?と思ってしまう。

白黒なのも印象的だった。トンネルの中の暗闇、昼の浜辺、雷とか花火とか、鮮明に眼に焼きつく。とくに夢と現の境を強調するようなシーンはネガポジ反転のような変な効果を使っている。
成瀬にとって久しぶりの白黒作品らしいが、この映画は白黒じゃなきゃ駄目だったんだ。
「夢は白黒で見る」とかいう、なんとなくそんなことを思いだした。

授業後、青山先生を捕まえる。面白かったですすごく、でも最後の花火はわけわかんないですあれはぜったい誰も見てないです。
「うん、まあ可能性として、あの花火がシュルレアルなものであるっていうのは考えられるんだよ」
シュルレアル、ねえ…。
超・現実的。いまでこそ「わけわかんない」の代名詞みたいになっているけど、当初は「現実の強度を高める」みたいな意味だったとか言ったっけ。シュルレアリストの描く、夢なんだかなんなんだかわからない世界は「現実」と一続きらしい。
映画のなかで小林桂樹が「僕は現実と夢の間の細い線を飛び越えてしまった」「その線はあまりに細い」とか言うシーンがあった。

教室を出るとまだ明るい。白黒の制服の間を自転車で帰った。

 


July 30
one fine day/where I go, end

 


首の回らない一週間だった。「ベケット東京サミット=ベケット生誕99年祭 BECKET IMMANENCE」に行った帰り、銀座線の車内で右を向く。と、そのまま首が動かなくなる。あわてて病院に行くと、‘無理やり前向きに固定し「数日間安静にしてください」の一言を添える’という原始的な治療を施された。
一人暮らしの自分にとって、安静なんてほとんど拷問だ。有り余る時間。仕方がないのでベケット祭のコロックの内容に思いを馳せて過ごすことにする。

なかでも長時間思いを馳せていたのが、鵜飼哲氏が紹介した詩のような文章。
1987年の「For Nelson Mandela」という論文集に寄せられたものだそうだ。ベケットはアパルトヘイト政策反対運動に参加していて、その一環として書いたらしい。にもかかわらず、この論文集のなかで、ベケットだけが「アフリカ」とも「マンデラ」ともひとことも言っていない。そのまま引用してしまう。

『BRIEF DREAM』
Go end there
One fine day
Where never till then
Till as much as to say
No matter where
No matter when

わっかんない。知ってる単語しかないのに。

鵜飼先生の見解はこうである。Thereというのは南アフリカのことだろう、最初の動詞は命令形だろう、そしてこの文がアパルトヘイト政策反対の論文集に寄せられたということを考慮して、以下のように訳す。
「そこ(南アフリカ)を去れ、それ(そこでの政策)を終えよ。そのときまで決して(私はそこに行かない)。いわば、どこでも任意の場所、どこでも任意のときまで(行けない)」
差別があるのは何も南アフリカだけじゃないんだから、人種差別がなくなる「そのとき」まで「そこ」に行かないとなると、世界中に居場所がなくなる。というアイロニカルな含みがそこにあるという。
んん。論文集の主旨に沿った、綺麗な訳だとは思う。でもなーんかあやしい。「go there」で「去れ」はないでしょー、と思うし(私はそこに行かない)という補足も若干強引な気がする。
最後の2段落で脱現場化、脱現在化がなされているのが重要という指摘も添えられた。ああ、私もそれは思った。最初さんざん限定しておいて、ぽんと広いところに放り出される感じ。なのにそれこそ居場所がなくなる感じ。

そこまで馳せた時点で、思考がぐちゃっとしたのと一人で寝ているのに飽きたのとで、英語が得意と思われる友人に電話をかけてみる。もしもし、わかんないのよ、いやベケットがさ、まあ聴いてよ。
原文に説明を添える。さあどうだ。

「そこに行って死ね、じゃん?」「死ぬの!?」「そうしない限りおまえがいつどこに行こうと…」「行こうと?」「みたいなかんじ」「みたいなかんじか…」「でも最後の2段落がすごいな」「ああ、私もそれは思ったよ」「開いてんだか閉じてんだか、わけがわかんない」

そういえばコロックのなかで、ベケットの作品は内側に閉じていく傾向があるという話が出た。その彼がどのように作品の外側と関わっていたか、という例でアパルトヘイト反対運動が挙げられたのたのだった。作品の外側と関わろうとしているのに、閉じる傾向を持っている。この文章の二面性が、「いつでも」「どこでも」と言われているのに居場所がないような読後感と重なる。

fineだけ異常に浮いてるよなとか言っているうちに、時間は、あっという間に過ぎた。

 


July 10
ボルシチと雨

 

 

北島敬三氏にお会いした回数、延べ2回。で、それは始まってしまった。
「大学で、アートの理論みたいなことやってるんです!写真のことも勉強したいと思ってて!あ、HPお持ちなんですか?雑文?うん書きたいです全然やります!」
怒涛のように自己主張したその晩気づく。私、アートとかって一年ちょっとしかやっていないじゃん。
わからないことだらけ毎日ですが、つれづれなるまま書きつくれば、きっと何かが残りましょう。雑文『つれづれ』、お付き合いください。

7月6日、明日は七夕。雨である。
東京大学総合研究博物館の小石川分館に行ってきた。ここでは一年前から、ゼミの活動の一環として展示解説などをやらせていただいている。
小石川植物園の一角にあるこの博物館は、旧東京医学校の校舎をリノベーションしたもので、常設展としての学術標本の一般公開のほか、現代美術の企画展なども行っている。

現在、国際協働プロジェクト「グローバル・スーク」展を開催中。国や時代にかかわらず、多様な「人がこしらえたモノ」を並べた会場を、イスラムの市場・スークに喩えて名づけられた。学術標本、建築デザイナーであるセルジオ・カラトローニ氏の作成したオブジェ、それに世界中からあつまった日用品が、ぎょっとするような組み合わせ方(偉い教授の胸像に鼻メガネかけたり、建築模型のなかにドールハウスの椅子を置いたり…)で置かれている。
セルジオ氏の作品はぜひ観ていただきたい。アクリルに蛍光塗料を混ぜ込んで作成したもので、重厚なのにおもちゃっぽい印象もある。学術標本と日用品の間に入ってうまいこと仲をとりもってくれているみたいだ。廊下においてある透明なでっかいやつが私のイチオシで、特に晴れた日は光って綺麗。

午前の授業が終わって駅に向かうと、もうお昼時だった。分館に来ていた先輩方とランチをご一緒することになり、近くのロシア料理屋にてボルシチを食す。梅雨時の東京で食べる、人がこしらえたロシア料理。野菜不足の体に染み渡る。
それにしても水分過多なこの天候。アクリルのオブジェも魅力半減かなー、などと思っているうちにおなかいっぱいになる。

分館に着き、ふと廊下のオブジェに眼をやると、その向こうの植物園が映っている。雨に濡れているのと、アクリルに映りこむ光とでやけにきらきらして新鮮に見えた。
あら。雨の中観るのもなかなかじゃんか。

「グローバル・スーク展」は7/31まで開催。最寄り駅は地下鉄丸の内線茗荷谷。
みなさまぜひご覧ください。どうやら雨の日でも楽しめるようです。近所のボルシチも、うまいです。

 
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