NYで暮らしていたとき、街路を行くわたしは「東洋人」の「女」でしかなく、それはよく新聞で使われる表現、wrong placeのwrong timeにあっては容易に襲われかねない弱者であることを意味した。そういうことをきちんと意識して日常を暮らしていたが、この感覚はソトからはなかなか分かりづらいし、東京に戻った今ではもう失いつつあるものだ。モノゴトの理解には、まず情報だが、それだけでは埋まらないものがある。

9.11の直後、美術家の荒川修作さんが、NYで事件を間近に体験した人から報復を望む声は少ないだろう、身体に訴えられると、生物的な恐れがある、その感覚が、離れて(テレビのニュースで見て)いる人とは全く違う、というようなコメントを述べていた。

一方、事件から数週間たったころ、のほほんとイスタンブール・ビエンナーレの旅の報告をメールしたわたしは、イスラム教徒にナーヴァスになっていた友人の怒りをかってしまう。彼女が住んでいたのはイーストビレッジだが、いまだに現場からたちのぼる悪臭に悩まされていた。悪臭がそこまで街をのぼってゆくリアルを想像する力を欠いていたわたしであった。その辺りの様子は手にとるように知っているつもりでいて。

では、ここで想像してみる。
難民キャンプで暮らすということ。エルサレムまで10分なのに検問通過パスがないので一生キャンプに閉じ込められ、学校をでても職がなく、結婚も望めない。若者が自分の未来をそう悟ったとき、何を感じるのか、ということ。3週間前までごくふつうの高校生がエルサレムのスーパーで自爆して、そこにいた17歳の、自分とおなじ年頃の少女を殺すということ・・・(*1)

いまイスラエルとパレスチナで起こっているリアルを本当のところで理解することは不可能かも知れない。けれど、BOX東中野で公開される104分の長編ドキュメンタリー映画「プロミス」は、優れた芸術のもつ叡智の光でもって、無力感からくる無関心に逃げこみがちなわれわれに平手うちを与えるだろう。改めて映画の力を思う。

イスラエル育ちのユダヤ系米国人ジャーナリストが7人の子どもたちを取材するかたちで物語は進行する。

NYから移民した超正統派ユダヤ教徒のシュロモは大人びた英語で「パレスチナ人の気持ちも分かる。」お祖父ちゃんが強制収容所の生き残りだった双子のポーランド系ユダヤ人兄弟ヤルコとダニエルは日常にしのびよる自爆テロに不安を感じる一方、嘆きの壁で超正統派におびえてしまう。サナベルのお父さんはテロリストの疑いをかけられ刑務所に抑留中で、同じ難民キャンプに住むファラジは「いつか必ずこの土地を取り返す、俺がダメでも次の世代が」といきまく。

映画は子どもの目と口を通して巧みに中東の歴史と背景を解説し、大人たちを戯画化する一方、見事な編集で幾つものドラマを用意する。軍隊に四六時中守られているような、ユダヤ人入植地で暮らすモイセ。どこかにぶい感じの「将来は将軍になってアラブ人をひとり残さずエルサレムから追い出してやる」と言うような子どもなのだが、実は彼が、親友をテロリストに惨殺された経験からひどく傷ついている、もっとも繊細な心の持ち主だと分かるというように。

ユダヤ人なんか、パレスチナ人なんかと口などききたくないと言っていた子どもたちが、同じようにスポーツに夢中になり、(優勝をのがして)悔し涙を流したことを知ったことから、好奇心を抱き、会う「約束」をする。検問を通 過できる双子が、壁に過激派ハマス支持の落書きや弾痕がある難民キャンプを訪れる。熱血漢のファラジなど、鏡の前で髪をなでつけ、コロンまでつけて、まるで女の子とのデートみたいに身支度する。対抗心とかではなく、一番すてきな自分で相手を迎えようとする、相手への誠意からでたこと。ファラジはいい奴なのだ。それだけに「約束」を果 たしたあとに流すファラジの涙が痛い。

映画は「約束」の2年後に、再び7人の子どもたちをインタビューして終わる。男の子たちはすでに声変わりが始っている。誰がどのように変わっているか。それがほんの一瞬であれ、人間とは何者なのか、鑑賞者はこのラストに思索 せずにおれないだろう。これは単なる<幼年期の終わり>では片付けられないようなところがある・・・

「プロミス」はオスロ合意のあとの比較的平穏な97〜98年そして2000年に撮影された。シャロン首相の強引な侵攻作戦と自爆テロがうち続くいま、双子やモイセに兵役義務が近づいているのではないか。ファラジは? サナベルは無事だろうか?

伝えることのできる立場にいる人が自らの仕事を怠ることは罪だと思いました、と「プロミス」を配給するアップリンク主宰浅井隆さんは述べている。表現に関わる人、できるかぎりたくさんの人にこの映画を見てもらいたいと、わたし も願っています。

映画「プロミス」については
プロミス promises
( http://www.uplink.co.jp/film/promises/index.html )

7月、BOX東中野ロードショー予定の『プロミス』が、最近のパレスチナ・イスラエル問題の深刻な状況を考え、特別 先行上映されます。
5月19日(日)19:00 シンポジウムなども予定。
料金等詳細はBOX東中野(03-5389-6780)まで。


(*1) 朝日新聞記者松本仁一氏のコラム「風─東京から」から引用。自爆テロの背景にキャンプの閉塞感を指摘されているが、せめて検問を廃止してほしいとは映画でもファラジが切々と訴えていた。