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トルシエ監督のアドバイザー、フローラン・ダバディー氏が先ごろ出版したエッセイのなかで「映画は感情教育だ」と述べている、らしい。(未読なり。すまん、すまん。)よりナラティヴな映画が写 真より激しい感情の揺さぶりをかけてくるのは必然としても、わたしが映画の映画らしさを感じるのはむしろストーリーとは関係のない、例えばヴェンダースの「ミリオンダラー・ホテル」で、若い男女がホテルの一室の壁にもたれて床に座っている、その窓の外で青く暮れてゆく街路に車のヘッド・ライトが光るワン・シーンだったりするわけで。えーと、部屋の内と外はね、同時には撮れませんよ、と友人の映像作家のご指摘。ではあの美しいシーンは合成?それとも室内の光量 を屋外と同じに調節して高感度のフィルムで長めの露光で撮影したのだろうか? NYをベースにしている写真家トヨダヒトシは身近な映像日記をスライド・ショーで見せる活動を続けている。無音、手でいちいち押してカシャッとスライドを換えてゆく、写 真と写真の間に闇が入る、そんな見せ方にこだわっている。観客の集中力を感じとれるときはスライドを換える間合いをさらにゆっくりして写 真をよく見てもらうと言う。プリントはつくらない。自分の前を通り過ぎていったイメージ、それをそのままスクリーンの上に浮かべてみたいから。では映画を撮らないのはなぜと聞いたら、ちょっと考えてから言った。「写 真ならひとりでできるから、かな。」ふむ、森万里子とはまったく違うアプローチだ。 わたしもNYで暮らしていたので、彼の住むブルックリンのアパートメントに行ったことがある。彼は当時、エンパイアステートビルの展望フロアでおみやげ写 真を撮影するバイトをしていた。仕事に入るのは夕方なので、マンハッタンの逢魔が時、ライトアップされたビルを遠くに眺めつつ家路を急ぐときなど、ああ、いまあすこにはトヨダがいるんだなあ、と妙な安心感をおぼえたものだ。昔の彼の作品には、このおみやげ写 真のお客である世界中の観光客のポートレイトが定点観測のように現れていた。 アパートメントの屋上にはまるくカットされた鏡がコンクリートの地べたにむぞうさに置かれていた。のぞくとブルックリンの渺茫と青い空が映じている。 トヨダがいまテンポラリーに日本に帰ってきていて、東京や神戸、大阪でスライド・ショーを行っている。最新作のタイトルは「Wind's Path」。風の通り道。わたしは大塚のタカ・イシイギャラリーで見た。同じブルックリンだが、何人かでシェアすることになった一軒家に引っ越し、その裏庭で撮り続けた2000年夏の写 真が主な作品だ。<井戸>も裏庭に移っている。 「あれが鏡だって全然、説明してないよね。」 陽のあたるところの美しさ、陽のあたらないところの美しさ、とは彼が案内状に記した言葉です。 トヨダヒトシのスライド・ショー、大阪のThe Third Gallery Aya (3/22. 3/29)とGraf (3/23. 3/24)にて催されます。いずれも7:30pmより。アドミッション1000円。 The
Third Gallery Aya (tel. 06.6366.8226) |