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『photographers' gallery press no. 9』刊行記念トークイベント

「マイケル・フリードの写真論をめぐって」
林道郎 × 甲斐義明

2010年6月18日(金) 19:30〜
料金:1000円 定員:25名

※このトークイベントは終了いたしました。

トークイベント概要



 『photographers' gallery press no. 9』の刊行を記念しまして、林道郎氏と甲斐義明氏によるトークイベントを開催いたします。
 1960年代から尖鋭な美術批評を数多く発表し、その後美術史研究にシフトしていったマイケル・フリード。彼が2008年に発表した写真論集『なぜ写真はいま、かつてないほど美術として重要なのか(Why Photography Matters as Art as Never Before)』をめぐり、本誌ではその可能性を検討するべく特集を組みました。フリードの写真論、なかでもトーマス・デマンド論に焦点を当てた林氏の論考と、甲斐氏によるインタビューを軸に、フリードの写真論についてお話しいただきます。
個々の写真作品に対するフリードのディスクリプションの仔細について、そして彼が現代写真に見出した反演劇性の伝統について、そのほか本誌には収まりきらなかった話題も含め、継続して「演劇性」という批評概念をもって美術作品を記述してきたマイケル・フリードの写真論の具体的な検証の場となるでしょう


※『photographers' gallery press no. 9』所収
マイケル・フリード「コンテンポラリー・フォトグラフィーと反演劇性の伝統」 聞き手:甲斐義明
林道郎 「マイケル・フリード『なぜ写真はいま、かつてないほど美術として重要なのか』についての覚書」

トークイベント報告


 甲斐氏はフリードの新著に至るまでの流れを、過去の著作や批評概念とともに紹介し、未邦訳の写真論についても図表を用いながら詳解されました。ややもすれば強引なフリードの論理の是非を問うことよりも、むしろ作品体験に基づく記述にこそ彼の美術批評としての「公共性」があるのではないかと提起され、記述の仔細を検討されました。林氏との対話のなかでは、作品に対する解釈的な記述とパフォーマティブな記述、「演劇性」と「没入」の弁証法とシニシズムの問題など、フリードの写真論を起点に批評行為をめぐる多くの問題が展開されました。質疑応答で、「窃視」や三島由紀夫との関連がとりあげられたこともあわせて、ある二重性を抱え込みながらも弁証法的な展開を試みるフリードの批評がいま、写真というメディアにその矛先を向けたことの背景が明らかになったのではないでしょうか。(米田拓朗)

 


略歴


林道郎 HAYASHI Michio

1959年生まれ。美術史、美術批評。上智大学教授。主な著作に『絵画は二度死ぬ、あるいは死なない』(全7巻、ART TRACE)、『ゲルハルト・リヒター』(共著、淡交社)など。訳書 に、エミール・ディ・アントニオ+ミッチ・タックマン『現代美術は語る――ニューヨーク・1940−1970』(青土社)など。
甲斐義明 KAI Yoshiaki

1981年生まれ。20世紀美術史、写真史。論文に「《アクシデント》の衝撃、未だなお:森山とウォーホル」(『森山大道論』、淡交社、2008年)、「スナップ写真の影」(『時の宙づり−生・写真・死』、NOHARA、2010年)など。

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