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086/日本カメラ 1月号 NC Journal PEOPLE テキスト:タカザワケンジ
ニコンサロンで開催された写真展の中からもっとも優れた展覧会に贈られる伊奈信男賞。2007年度の受賞者、北島敬三が16年前の写真を発表した理由とは?
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ソ連、という国名が口の端にのぼらなくなって久しい。1991年12月、アメリカと覇を競っていたソ連という国がこの世界から消滅した。
第32回(2007年)伊奈信男賞を受賞した北島敬三の写真展「USSR
1991」はソ連(USSR)崩壊の年に撮影されたスナップショットで構成されている。しかし、撮影当時は雑誌に断片的に発表しただけで、写真展で発表したり、写真集にはまとめなかった。なぜか?。「雑誌のイメージとしてなら、面白がってもらえばいい。でも写真の可能性は他にもある。存在しつづけ、時代に抵抗力を持たなくてはいけない。そのためには、まとめるのは今じゃない、と当時思ったんです」
ソ連崩壊というタイミングはジャーナリスティックに見れば発表のグッドタイミングだ。しかし、北島はソ連崩壊とう歴史的事件とともに写真が消費されてしまうことを回避しようとした。
「当時出したとしても、“崩壊寸前のソ連の人たちはこんな人たちなんだ”という表層でしか理解されなかったでしょう。だから、最低十年たってから、できればソ連という国が忘れ去られた頃に発表したいと思ったんです。そうすれば、この人たちの存在感がもっと浮かび上がる。それが写真でできることじゃないかと思った。確信犯です」
北島は写真をテレビやインターネットに比べ「遅いメディア」だと表現する。そして、「遅いということは抵抗力があることだ」とも。
「変な言い方に聞こえるかもしれないけど、“昔の写真”なんてないんじゃないか、と思うんですよ。撮った時代が古くても、見るのは今。今、その写真を見て何を思うか、という体験でしかない。そこに写真の現在性があると思う。1枚のペラペラの写真があるからこそ、そこから想起や言葉が可能になる」
写真の二世紀近い歴史の中に蓄積されたアーカイヴを軽んじるわけにはいかない、と真剣な表情で北島は語る。しかし、「日本カメラ」で連載している80年代の未発表作品「スナップショット」に話を向けると、また別の表情を見せた。
「アーカイヴの重要性を言っておきながらなんだけど、“これは70年代のコザです”という発表の仕方には落とし穴があると思うんですよ。写真の指標性、インデックス性だけを重要視しただけになる恐れがある。それとはまったく別のベクトルも必要なんじゃないか。『スナップショット』の場合は、あえて別の場所の写真を混ぜて、ぐちゃぐちゃにして発表している。ある意味で悪魔的な逸脱ですよ。単なるアーカイヴでスタティックだったら、おりこうさんになってしまう」
写真をアーカイヴとして見直すことと、そのアーカイヴに揺さぶりをかける試み。その振り幅の間に、写真家・北島敬三の現在がある。 |
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