|
|
|
|
085/美術手帖 1月号 Gallery Review テキスト:中島水緒
大友真志 「Nothern
Lights-1 母と姉」 11月9日〜11月22日 photographers' gallery
|
| |
北海道に住む家族のポートレートを撮影した大友真志の写真展。会場は二室に分かれ、一部屋に4、5点の写真を展示する絞られた構成となっている。
画面の中心にすえられているのは、白髪を後ろに束ねた老婦人、あるいは黒髪の若い女性である。おそらく写真家の母と姉だろう。被写体の背後には板張りの壁、白いドアなどが覗いて見え、すべての写真が同じ室内のほとんど同じ位置で撮影されたことがわかる。別室に展示された写真では母と姉の衣装や髪型が違っているため、撮影時期が異なっているのだろうが、ソファに腰掛けてカメラを見つめ返すポーズはすべてのポートレートに共通している。
同じ室内で撮られた同じ被写体の写真が並んで展示されると、どうしてもそこに時間的な連続性や、写真家と被写体のあいだに生じている持続的な関係性を読み取ってしまう。しかしよく見ると、展示の流れによって誘導的にしつらえられた連続性のなかにも、単純に一方向には流れていかないイメージの揺らぎが挿入されている。
カメラの視点、アングル、被写体との距離感は、一枚の写真から次の写真へと移るときに少しずつ移動しており、同時に被写体の仕草も微妙に変化している。ソファに腰掛けるときの身の置き方、膝の上で軽く組んだ両手、わずかな首の傾げ方など、身体に宿る非言語レベルのサインは、ときに被写体の眼差し以上に雄弁に彼女らの心理を物語る。写真家と被写体のあいだに生じる肉親同士ならではの親密な空気感(あるいは逆に緊張感)は、カメラに対する被写体の体の構え方など身体に表れる変化に留まらず、ソファに掛けられたシーツの捩れ具合、どこかから入ってきて被写体の頬に落とされる柔らかい陽射しなど、写真家と被写体を取り巻く外界の諸々の現象・事物にまで転移して表象されるかのようだ。継続的なだけでなく共時的に生起する様々なサインを拾い上げるのは、写真というメディアだからこそ可能となる技ではないだろうか。
展示室の中央に立つと、鑑賞者はカメラを見つめ返す被写体の眼差しに取り囲まれるかたちになる。眼差しは自己を外界へと開示し、ぐるりの環境が親密さの徴を帯び始める。 |
| |
| << 報道記録:メニュー |
| |
|
|