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084/STUDIO VOICE 12月号 CUT UP PHOTOBOOKS  テキスト:小原真史
沖縄と写真:今なお続く自己審問 photographers' gallery press 別冊「写真0年 沖縄」

 
 今年、中平卓馬の批評集成『見続ける涯に火が…』が刊行され、長らく入手困難であった『なぜ、植物図鑑か』も文庫化された。1977年に病に倒れ、記憶と言葉の多くを失った中平にとって30年以上前に書かれたそれらは、自らのあずかり知らぬ、もはや他人の言葉のごときものかもしれない。しかし、彼のまったき個人的な漂流が、写真をめぐる「自己批判」や自問の言葉が、今なお我々を挑発してやまないのであり、おそらくその言葉も中平の中から完全に消失したわけではない。
 2002年、沖縄の「復帰」30年を記念して、ヤマトと沖縄の写真家による『琉球列像―写真で見るオキナワ』展と東松照明の『沖縄曼荼羅』展が開催され、そこで「写真の記憶 写真の創造―東松照明と沖縄」と題されたシンポジウムに参加した中平は饒舌だった。壇上の中平は「写真は記憶ではなく記録である」といい、「沖縄についてどう考えているのか?」「創造だけによって世界は変わるわけではない」とアジテーションを繰り返したが、同席したヤマトの写真家たちは終始沈黙を守った。あたかも記憶を失う前の挑発者(アジテーター)・中平卓馬が蘇ったかのごとき光景であったが、「政治の季節」に独り取り残されたトリックスターのようにも見えたのかもしれない。師匠格であった東松や中平と同じ世代の森山大道、荒木経惟らがその言葉に応えることはなかったが、会場で一人気を吐く彼の姿を目にした幾人かは、その言葉を重く受けとめたはずである。
 沖縄の日本「復帰」35年目にあたる今年、東松照明や森山大道との関係の中で写真家となっていった比嘉豊光、北島敬三、浜昇が、2002年の『琉球列像』展と同じ場所(那覇市民ギャラリー)で展示を行う。70年代から5年前の写真展を経て関係を継続する「愛憎紙一重」の3人である。そして『写真0年 沖縄』と題されたそれは「その過酷な歴史と地政学のただなかで、沖縄をめぐって写真はどのようなかかわりをもってきたか、そして今もちうるのか」を問い、「見ること」における時制を撹拌するものとなるだろう。それはかつて自らが撮り、いつの間にか置き忘れた過去の断片を召還し、再び現在へと接続させる試みである。今、沖縄で70年代に撮られた写真が、いかなる回路によってアクチュアリティを獲得するのか?そして沖縄という場所で何を、いかに、なぜ撮るのか?かつて中平を苛烈な自己審問へと追いやった問いは今なお「カメラを持った男」たちの中で持続している。
 
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