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[番外編]photographers' gallery講座
「ビエンナーレの二つの顔−セビリア・シンガポール見聞記」
報告者:前田恭二(読売新聞文化部記者)

司会:笹岡啓子

2006年12月2日(土) 18:00〜

講座概要



 この度photographers' gallery講座では、その「番外編」として、前田恭二氏によるビエンナーレ報告会を開催することになりました。
 いまや各地で「ビエンナーレ」が開催されています。場所と開催頻度を掲げるのみの展覧会形式。しかし、すべてを訪ねる美術関係者が存在するのかどうか、それほど多くのビエンナーレが存在します。前田氏は最近、アジアで開催された「シンガポール・ビエンナーレ」(2006年9月4日〜11月12日)と、スペインにおける「セビリア・ビエンナーレ」(2006年10月26日〜2007年1月8日)を訪ねました。とりわけ後者は独・ドクメンタ11で、ポストコロニアリズム路線を打ち出したオクウィ・エンヴェゾーを起用し、注目されています。そのシリアスな内容は、前田氏にとっても、改めて考えさせるものがあったそうです。ビエンナーレとは何のために開催されるのか。都市の対外アピールなのか、地域の活性化なのか。そこでは常に「サイトスペシフィック」であること、そして「コンテンポラリー」であることが推奨されます。しかし、そこに別種の政治性が潜んではいないのか。オンタイムな両ビエンナーレのリポートを通じて、ともに考えてみたいと思います。

講座報告



 今回の講座では、国際展の現況と可能性をセビリア・シンガポール両ビエンナーレの報告を兼ねて前田氏に語って頂きました。昨今、濫立する国際展の正当性として、同時代性や場所性、多文化主義が標榜されている一方で、その無前提な肯定と同時に、量産可能で安直な構造の作品が制作されるといった弊害が生じているのではないだろうか。この傾向への批評として、かつ機能不全に陥っている国際展の可能性として、セビリア・ビエンナーレは多分に示唆的なものだった、ということでした。そこでは、現在の政治状況に対して芸術が如何に関わることができるかという危機意識のもと、物故作家の作品の採用や作品配置などが、強いキュレーターシップによって周到に構成され、世界における「囲い込み」の状況への問題意識が貫かれており、国際展の可能性をキュレーティングに探ることができるのではないか、と前田氏は強調されました。

米田拓朗

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講師略歴



前田恭二 MAEDA Kyoji
読売新聞社記者。1964年山口県生まれ。1987年東京大学文学部美術史学科卒業、同年、読売新聞社入社。現在、文化部所属(美術担当)。pg-web.net内off the galleryにて「papery」連載中。


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