講座報告
飯島氏の近著に一貫して漂っている、出口のない閉塞感とそれにともなうニヒリズムを、その執筆の動機にまで遡ることから講座は始まりました。9.11の自壊性に注目した飯島氏は、19世紀以降の建築・絵画・映画・文学・政治すべてにおいて、モダニズムが内包しているものとしての自己破壊を看取することができ、その源流が写真にあることを、写真の複製性とフロイトの反復強迫を重ね合わせることで指摘されました。そして、オリジナルと「出会い損ね」た近代社会は、能動的に自己破壊の反復を繰り返す限りない悪循環に陥っており、そうしてみれば、アウシュヴィッツや9.11を「死の欲動」がもたらす必然として捉えることができる、という冷徹な分析がなされました。後半部では、三島・北島両氏とともに、9.11のイメージを参照しながら、マシニズムとしての写真機がもつ自動性と、写真の事後性を前にして、写真家はどのように現実と「出会い直し」うるかについて意見が交わされました。
米田拓朗
※画像をクリックすると拡大されます
|