.
 documents
 
 
Information | 上映内容 | 上映プラン | アーティスト・トーク | 上映作品Q&A
 
 2回目 上映後のトーク

 僕にとってはこういう投影会は全く初めての試みで、今まで全くやったことないんですけど、北島さんとか笹岡さんとか坂川さんとかに会って、写 真家の人達とちょっと会う機会が増えて、写真をモチーフにして映画を撮ることもあったりしまして、写 真と映画の違いみたいなのを僕なりにちょっと考える機会が多いというか、考えざるを得ないことがいろいろあったんでやってみようと思った訳です。はじめ写 真のギャラリーで何かをやりませんかって言われた時に、普通に僕の映画をやってもあんまりおもしろくないというか。ちょっと違うことをやってみましょうかって思って、スライドショー、投影会っていう動く映画の投影をしてみようかってことからスタートして何本かの作品をやりました。



 今見ていただいた『我家の出産日記』っていうのはうちの家族にとってはこんなもの撮っていいんだろうかと思うところもありまして、本当はあんまり他人には見せないで自分のところで取っとこうと思ったんです。今日はあんまり私の家族の知り合いという人がいないんで大丈夫かと思うんですけど、良かれと思って「見ましたよ」とか決して言わないで下さい(笑)。家族に秘密で、「ちょっと頼まれて新宿で上映会があるんだ。」と言ったんで、良かれと思って言われるとですね、「なに、あんたそんなもの見せて。」と言われると困るんで、それでつい僕も、我家の家族に、上映することを言うきっかけを失ってですね。また今回も黙ってようと思いつつ(笑)。
 たぶんどなたも結婚されたり、子供たちがいらっしゃると、そういう時期があると思うんですけども、誰にでもポワーッとした時間がある。我家でももう、ああいう時間は考えられないんですよね。別 に氷のような時間ばっかりではなくて、たまには雪解けの時もあるんですけども、やっぱりああいう時間というのは全くなくて、僕もちょっと見直すと実に不思議なんですけども。
 『我家の出産日記』というのを撮ってる時に僕は『阿賀に生きる』というのを作ってたんです。新潟でずっと映画を作ってまして、実は僕にとって一番苦しい時期、つまり撮影が2年目過ぎて、編集に入る時なんですね。だいたい何も見当がつかない映画で、編集に入るということだけ決まってるんですけども、一体これで映画になるんだろうかと思いつつも、スタッフ7人も抱えて一緒に2年も生活して、3年目を迎えようとして、もういまさらやめるとかって言えないというような時期に、うちで子供が生まれるということがあって、1ヶ月だけスタッフを離れて東京で暮したんです。『阿賀に生きる』という映画をご覧にいただけた方は分かると思うんですけども、その時まで僕は、ずっと新潟にいましたので、たった2年なんですけども、あの山の中のじぃちゃん、ばぁちゃん達の田んぼの手伝いをしながら映画を作ってましたので、その頃はバブルだったんでしょうけども、僕はそんなことは一切知らずに山の中で暮してたんですね。じぃさん、ばぁさんと暮して毎晩、酒飲んだりなんかして。
 そんな時に家に帰るということも新鮮だったんですけども、東京の町がすごく新鮮だったんですね。特別 何かあるわけでもないし、特別な場所でもないけども、なんかすごく新鮮で、それに子供が生まれるっていうことがあって、どうしても無性に映画を撮りたくなって。でも、ビデオではダメだと思ったんです。ビデオはもちろん持っていたんですけども、ビデオで撮ってもつまんないと思って、なぜか8mm映画を撮りたくなって8mmで撮ったんですね。
 今、見ていただいた通り、助産院に分娩室ってあるんですけども、なんせ8mm映画で撮ってますので、普通 のこんな(蛍光灯)ライトでは映らないわけですね。で、アイランプを3灯吊ったと思うんですよね、助産院に(笑)。だからライティングは完璧なんですよ、生まれた瞬間なんて。逆光までちゃんとあたってね。それでしかも、同時録音できるマグネコーティングがついてるフィルムが確か4本(約10分)ぐらいしかなかったんで、肝心の出産のシーンをワンショットで入れる為にどうするかってことしか考えてないんですね。「わぁ、入った、良かった!」ってことしか考えてなくって、分娩台の上で妻が苦しんでるとか何とかっていうことは目に入らなくて、ただただどうやって出産のシーンをワンショットだけに入れ込むかっていうふうにしか考えてないもので、そういう私の姿を見て、私の連れがいたく失望しまして「あんたはほんとに人でなしだ。人の気持ちも痛みを考えていない。」っていうふうに言われまして。それ以来、随分、薄氷を踏むようなというか、氷のような暮しのキッカケになるわけですけども(笑)。まあ、どなたもそういう経験がたぶんお在りになるんじゃないかと思うんです。
 実に僕は冷静に観察してしまう人間なんですね。お父さんが産院に入って撮影をしている方もたまにいるんですけども、お父さんが卒倒しちゃう方もたまにいるんでね。「卒倒しないでくださいよっ。」て言われてね、でも僕はただカメラのことだけを考えてたんで、卒倒しなくて済むと言い訳をしていたんですけれども、それどころかカメラのことしか考えてなくって相手のことを考えないっていう問題が別 のとこで発生もしてしまうんです。 
 そういう間に撮った素材で、一度ちゃんといじろうと思って何度か編集をしてまして、サイレント映画にしてるんです。それで、僕にとっては実は終りなんですよね。あの、僕にとってはホントは北島さんとの話が無ければずっと上映するつもりがなくって、僕が死んだらきっとこの映画は公開されてもいいんだろうなっていうふうに思ってたところがあるんですよね。そういう映画があってもいい、僕が例えば寝たきりになったら再編集してもいいかなとかね。だからいったん自分の生きてる現在の時間と違った所に行った時にこの場所に映っている私っていうか、我が家の日常っていうのは、私であるけどもとても遠いようなものとしてあるような気がして、ちょっと時間をおいていじったり見直したりする。
そして、たまに何度か本当にどうしてもこれ大事だなと思う時にだけ上映をする。新しく自分の映画を作る時だけに、何人かの仲間にこっそり見てもらったりなんかしてきたんです。ちょっと言い訳がましいですけども、やっぱりこの『SELF PROJECTION』っていう形でなんかやれって言われた時に、この作品は一度きちっと見てもらう必要があるなと思って、少し覚悟を決めて今日は見ていただいたということなんです。



 3つのプログラムを今日は見ていただいたんですが、先程、午後に上映会をしたんです。それで今が2回目なんですけども、全く違うんですね。どっちが良いってわけじゃなくって、まぁ、夜の方がいいんですけども(笑)。それは1回目よりも2回目の方が進歩するというか変容あるものなんですね。もうこれは今日だけで終りですので、もう二度と同じものは見れません。
 やっぱり映画の編集とすごく似てるし、アートとすごく似てる感じがしてるところがあって、いくつかの映像とかいくつかのイメージとかを重ねる訳ですが、それぞれの根拠があってそれぞれのものがあるんですけども、それを論理的に繋げるとなんかこちらの論理で納まってしまって。どうしても映像をプロジェクションするには論理で固めていくんですけども、1回目は論理でこう一生懸命やって、やっと機械の操作が慣れて、やっとできた。それで、2回目は、ちょっと合間にお酒を飲んでしまったっていうのもあるんですけど、もうどうでもいいような気分になってきて、めちゃめちゃにやったら、ある偶然で、理屈では合わないのに、ぶつかったり反発をしたりするっていうことがあり得て、「あ、それはそういうもんなんだ」っていうふうに僕は思ったんです。



 僕の写真も貼っていただいたり、それもめちゃくちゃな写 真でよくこんなものをセレクションしていただいたなと思うんですけれども、これも大きな意味で<東京>というテーマから来ていて、結局、何かはっきり確固たるものがあるわけじゃなくて、とても曖昧なものの象徴みたいなものとして、<東京>というものへの関心がある。私はそこに生きてるはずなのに、私がそこにいなくちゃいけない理由がほとんどない。そこに根拠はほとんどないのにそこにいる、というような町として、この僕が生きてる場所とこの場所と、そしてこの僕が撮った写 真とか、今日見ていただいたものもありましてですね、そういうつもりで実は同じような通 底したテーマがあるような気が僕はしてます。
 青森で撮った『市場最大の作戦』も同じなんですね。青森らしさなんてことは全然僕は興味は持ってなくて。僕は、実は青森県生まれなんですけど、全く青森県とは縁がなくて、2歳までしかいませんでしたから、津軽弁はもう一言もわかりません。青森の言葉は本当に外国語で、何言ってるかちっともわからなくて、そのわりには青森の人は暑苦しいくらいに「青森県出身ですね。」と言われるんで、「うわぁー、これは嫌だなぁー。」と思ったりなんかするぐらいに青森県人は県人意識が強い。そうした強力な郷土意識と、私のいい加減な血筋というか根無し草のあり様がどうしても切り裂かれている。

 子供たちと町を歩いていても、今日見ていただいた『市場最大の作戦』で夜の町を疾走したのも、青森らしい場所ではなくって。青森ってのは本当に、駅前がこう、すぽーんと空洞化していましてですね、かつての繁華街がどわっと廃墟になりかけている。そんな場所がものすごくおもしろくって。青森県の人にとってはなんだこれはっていうようなものなのかもしれませんけど、そういう空洞を見るとやっぱりまさに東京と同じだなぁと思ったり、それで無性にカメラを回したくなったりするということでしてるんですね。掴みようが無いものとか掴もうと思っても掴めないものというようなものをどうにか撮りたいなというふうには思っています。
 今日の企画も笹岡さんとか坂川さんとかフォトグラファーズギャラリーのみなさんにやっていただいたんですけども、写 真家の人達も写真という表現の中で掴もうと思うとスルリと抜け落ちてしまうような掴み所が無いところをどうやって定着をさせていこうかっていう問題意識のような気が僕はしましてね。

そういう写真家が僕はすごく好きで、どうしてもそういう系統の<食えない写真家>っていうかですね(笑)、右から左へパパパッと物事を捕まえて、パパパッと言葉をかぶせて、ポッと商品にするんじゃなくて、いつも掴み所の無いようなだらっとしたものを捕まえてしまうもんだから、どうしようもなくって、ただポンッと置いて、それが商品にもならないし、かといって時間をおかないとなんとも料理しようがないものを抱えていく、決して世渡りが上手くない生き方の中にこういう風景とか素材とかいろいろフッテージの問題があるような気がして今日いろいろ見ていただいたものをいろいろ考えまして、ごちゃまぜにして投影したということです。まぁ、お酒でも飲まないとなんとも話ができないかもしれませんが(笑)。ということで最後までありがとうございました。
【 写真:北島敬三 】
TOP↑

<< documents:一覧
<< レクチャー&シンポジウム
| site map | access | contact |
Copyright (c) 2001-2006 photographers' gallery, Inc. All Rights Reserved.